「薬に頼らない」ことで、精神疾患は治療できるのか

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現在の精神科医療は、お薬による治療が主流です。様々なお薬が開発されたことによって、精神疾患の治療の幅は大きく広がりました。

しかしながら精神科治療に対する抵抗は根強く、診察をしていると「お薬は使いたくない」という希望をうかがうことが少なくありません。

確かにお薬には副作用もあります。中には多剤処方になってしまって、お薬がやめられなくなってしまう患者さんもいます。不必要に処方された患者さんもいるでしょう。

確かにお薬による負の側面は否定しません。しかしながらお薬も、病気によってはお薬は必要不可欠なこともあります。多くの病気では、お薬によって回復が早まります。

ここでは、「薬に頼らない」「薬を使わない」ということに対して、精神科・心療内科ではどのようなことが大切かを考えていきたいと思います。それを通して、患者さんにも理解していただきたいことをお伝えしていきたいと思います。

 

1.「薬に頼らない病気」と「薬に頼る病気」がある

統合失調症や双極性障害などの内因性の病気は、お薬が必要不可欠です。それ以外のほとんどの精神疾患は、「薬に頼らない病気」というよりは「薬だけに頼らない病気」になります。

身体の病気では、患者さんも検査などによって異常が目に見えてわかります。ですからそれを治すためのお薬を飲むことには、大きな抵抗を感じることは少ないと思います。

しかしながら精神疾患では、どのような異常があるのかは形になって見えません。診察した医師によって、病気かどうかの判断がなされるのです。ですから患者さんの中には、お薬を本当に使うべきなのか納得できないこともあるでしょう。

精神科のお薬は、「一度使ったら止められなくなる」「脳に影響が残ってしまう」といった誤解をされていることも多く、身体のお薬よりも抵抗が強い方も多いでしょう。

 

精神疾患には様々な病気がありますが、病気の中にはお薬を使わなければ良くならない病気もあります。統合失調症や双極性障害、古典的なうつ病などが「薬に頼る病気」にあげられます。

これらの病気は、従来は内因性精神疾患といわれていた病気です。何らかの脳の機能的異常が背景にあると考えられている病気になります。このような病気では脳の機能的な異常を改善する必要があるので、お薬に頼る必要があります。薬を勝手に止めてしまうと、再発のリスクがぐんと高まってしまいます。

これに対してその他の多くの精神疾患は、「薬に頼らない病気」です。正確にいうと、「薬にだけ頼らない病気」です。そのほとんどの病気で、薬を使うことで症状が和らぎます。これによって精神療法などのお薬を使わない治療も、前に進めやすくなります。

薬をしっかり使って治療をした方が、多くの場合で回復が早まります。薬を全く使わないと、なかなか症状がよくならずに病気が悪化してしまうこともあります。

精神科医療では、お薬によって治療の幅が非常に大きくなりました。適切に用いれば、ほとんどの精神疾患でお薬は患者さんにとってプラスになるのです。

 

2.精神疾患での薬がもつ負の側面

製薬会社の利益最優先の販促によって、医療側の倫理観と患者側の情報リテラシーの欠如が、不必要な薬の処方を招いていると思われます。

精神科医療では、お薬がもつ負の側面も少なからずあります。その点をしっかりと考えずに、精神科医療での薬の意味を考えることはできません。抗うつ剤を例にみていきましょう。

1999年から2000年にかけて、抗うつ剤の処方数が一気に増加しました。これは、新しい抗うつ剤のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)のルボックス/デプロメールパキシルが発売されたことによります。

SSRIは、従来使われていた抗うつ剤に比べると副作用が少なく、海外ではすでにうつ病治療の第一選択薬として使われていたお薬でした。このお薬をうるために、「うつ病は心の風邪」といううつ病啓発キャンペーンを製薬会社が大々的に展開したのです。

これによってうつ病の認知度が社会にも広まり、病院にかかりやすくなりました。このこと自体はよいことなのですが、大きな問題が3つありました。

  • 副作用が少ないので処方する敷居が下がった
  • 精神科医以外にも製薬会社が売り込んだ
  • 患者さんがお薬を求めている

確かにSSRIは従来の三環系抗うつ薬よりも副作用が少なく、比較的処方しやすいお薬となりました。これによって、お薬を処方する敷居が下がりました。だからといって精神科医の治療方針が大きく変わるということはないのですが、お薬を出しやすくなったのは事実でしょう。

さらには製薬会社は、精神科医以外にも抗うつ剤を売り込みました。海外の家庭医などでは、抗うつ剤を使っているのが一般的です。しかしながらこれは、精神疾患について理解があることが前提です。日本では専門ごとに分業傾向が強いので、基本的な理解がない医師が抗うつ剤を使う機会も少なくなかったのです。

もう一つは、患者さん自身がお薬を求めているということです。病院にくるということは、患者さんも何かの答えを求めています。お薬をもらうというのは、患者さんにとっての答えになるのです。

もし医者側がお薬が必要ないと判断しても、それを患者さんに説明して納得してもらうのには時間がかかります。薬を処方した方が早いですし、継続的に通院してくれるようになるので儲かるのです。

このようにして高価な抗うつ剤が爆発的に処方されるようになり、製薬会社が巨大な利益を得ました。SSRIは良いお薬で現在の精神科医療には欠かせないお薬ですが、不必要に処方されたことも少なくありません。

製薬会社は企業ですから儲けたいと思うのは当然ですが、利益最優先の行き過ぎた販促は問題です。それに対する医療側の倫理の問題もありますし、患者さんが正しく情報を認識するすべの少なさも問題でしょう。

診療報酬の側面から多剤処方について詳しく知りたい方は、「精神科・心療内科にいくと薬漬けにされるって本当?」をお読みください。

 

3.薬に頼らない精神医療を希望する方に伝えたいこと

「薬に頼る病気」の患者さんは、必ず薬による治療をうけてください。「薬だけに頼らない病気」の患者さんは最小限のお薬で治療はできますが、治療に限界があることを理解してください。

日々の診察をしていると、「薬をできれば使いたくないです」とおっしゃられる患者さんも増えてきました。直接伝えてくださればよいのですが、患者さんによっては医師に素直に伝えられず、自分の判断でお薬を止めてしまうこともあります。

薬に頼らない精神医療を希望される患者さんには、様々な方がいらっしゃいます。先ほどお伝えしたような「薬だけに頼らない病気」では、できるだけ薬は使いたくないという患者さんの希望を踏まえながら治療をすすめていくことはできます。

お薬を必要最小限として少しずつ精神療法を積み重ねたり、漢方薬をうまく組み合わせていきます。しかしながら、2つのことを理解していただきたいのです。

  • お薬を使った方が効果が期待できること
  • 病院の診察は「話を聞いてもらう場所」ではないこと

お薬をしっかりと使った方が、一般的には効果が期待できます。漢方薬だけで効果が期待できる方もいますが、不十分になってしまうことは多いです。

また、病院の診察では時間が限られてしまいます。「話を聞いてもらえる場所」と患者さんが思い込んでしまうと、不満がたまってしまいます。じっくりと精神療法を行っていくには、自費でカウンセリングを受けていく必要があります。

 

しかしながら、「薬に頼る病気」の患者さんでは、お薬を使っていかなければ治療が難しいです。調子が悪くなってしまうと、物事を悲観的に考えてしまいがちになります。お薬に対してもデメリットばかりに目がいってしまって、お薬が怖くなってしまう患者さんも少なくありません。

とくに統合失調症では、お薬による治療は必須です。このようにお薬が必要な病気の患者さんでは、お薬を患者さんに飲んでもらうように医師は説得します。

医師が説得までして患者さんにお薬を飲んでほしいと伝える時は、それなりの根拠があるのです。患者さんの希望通りに治療している方が楽なのに、労力をかけて説得しているのは医療者としての良心からなのです。

しかしながら最近は、精神科のお薬のデメリットばかりが強調されてしまう傾向があります。「精神科のお薬は悪いもの」というイメージを植え付けられた患者さんが、薬を自己中断して病気が悪化してしまうことも少なくありません。

 

まとめ

統合失調症や双極性障害をはじめ、病気の中にはお薬が必要不可欠なものもあります。

薬をできるだけ少なくして治療できる病気もありますが、十分に薬を使った方が回復が早いことが多いです。カウンセリングなどを診察でじっくりと行うことはできないので、患者さん側も治療の限界を理解していただく必要があります。

最近では、「薬に頼らない」というフレーズが様々な形で使われています。なかには偽物の「薬に頼らない精神科・心療内科」もあります。

詳しく知りたい方は、「「薬に頼らない精神科・心療内科」は本当によいクリニックなのか」お読みください。

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