「薬に頼らない心の治療」は本当によいの?

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薬はよくないもの?

みなさんは「お薬」に対して、どのようなイメージを持っているでしょうか?

現代の医療では、「お薬」の存在はとても大きいです。昔は死の病と恐れられていた病気も、今ではお薬によって様々な病気が治せるようになっています。精神科や心療内科があつかう心の病も、お薬によって多くの病気の治療の幅が広がりました。

しかしながら最近は、根拠のない「アンチ医療」が脚光を浴びています。精神科や心療内科の世界でも、「薬害」として負の側面が取り上げられることも少なくありません。そして批判する側は魅力的にみえるもので、メディアも含めて大衆は拍手喝さいしてしまう傾向にあります。

確かにお薬による負の側面は否定しません。しかしながら現場で真面目に医療をやっている医療従事者の感覚からすると、お薬に対する多くの批判はあまりに極端すぎるのです。

そのせいで本当はお薬が必要な患者さんが、「お薬はよくないもの」という思い込みから自己中断してしまって、再発してしまうような悔しいことも度々あります。

最近では、「薬に頼らない治療」「薬を使わない治療」をかかげる病院やクリニックが増えてきました。真面目に薬だけでない治療に取り組まれている先生も少なくありません。ですが中には、ビジネスや集患を意識して行っている医師もいるのが実情です。

ここでは、「薬に頼らない」ということに対して、精神科・心療内科ではどのようなことが大切かを考えていきたいと思います。

薬に頼らない心の治療のあるべき姿とは?

薬に頼らない精神科・心療内科とは、本来どういうものなのでしょうか。そしてどんなことが必要になるのか、考えていきましょう。

本当に「薬に頼らない」医療を提供するには、裏を返すと、薬を良く知っていなければできません。それはつまり、薬をよく使っていなければわからないということになります。

実際の心の治療では、薬が少なければよいというわけではありません。必要なお薬をちゃんと使って、不必要にお薬は使わないことが「薬に頼らない」治療として大切です。一時的には錠数が増えても、落ち着いていくとお薬が整理されてなくなっていきます。

そのためには、以下のようなことが大切に思います。

  • 薬の目的をちゃんと説明する
  • 出口を見据えた薬の使い方をする
  • お薬以外での精神療法的な関わりを意識している

当たり前かもしれませんが、どうして薬を服用する必要があるのかを患者さんが理解することは治療にはとても大切です。薬剤師さん任せにするのではなくて、薬の目的をちゃんと説明することが大切です。

また、お薬も出口を見据えて治療をしていく必要があります。しばしば依存が問題になる抗不安薬や睡眠薬では、やめていく時のことも考えて薬を使っていく必要があります。正直に申し上げると、医師としてはいきなり強い薬を出した方が楽です。患者さんも喜んでくれますが、強い薬はなかなかやめられなくなります。

また、お薬以外にも精神療法的な関わりがあることが大切です。精神科や心療内科の再診では、5分~10分程度の短時間になってしまうことが多いです。しかしながらその中でも、少しずつできることがあります。

このように、薬について患者さんの立場で使っていき、精神療法的な関わりも大切にしていくことが、本当に「薬に頼らない」治療といえるかと思います。

薬に頼らないために患者さんに求められること

このような、本当の意味での「薬に頼らない」精神科医療を行っていくには、患者さんにもお願いしなければいけないこともあります。それは、

  • 精神科・心療内科の治療を正しく理解していただくこと
  • 自分の病気やお薬のことを正しく知っていただくこと

この2つです。この妨げになるのが、世の中にあふれる様々な恣意的な情報です。現代社会では情報があふれていて、インターネットで検索すると様々な情報が流れ込んできます。

それらの情報を正しく取捨選択し、判断をくだしていくことが困難な時代なのです。難しく言えば情報リテラシーという言葉になりますが、患者さん自身が高めていかなければいけない時代なのです。心の病気の中には、お薬の治療が必要不可欠な病気もあります。もしくは、お薬で治療をした方が明らかに早く良くなる病気もあります。

その一方で、薬や治療のことも最低限は知っておく必要があります。例えば、不眠で苦しんでいる患者さんが受診して、初診で強力な睡眠薬が処方されて眠れるようになったとしましょう。

患者さんからは、まるで名医のように感じるかもしれません。しかしながら、強い薬で症状がとれるのは当たり前なのです。本当に患者さんのことを考える医師であれば、いきなり強力な薬を使うことはそこまでありません。強い薬はお薬を止めるのに苦労して、出口がなかなか見えなくなるのです。

とはいっても、主治医をすべて疑っていたら治療は前に進まなくなります。薬や病気の知識は信頼できる情報で理解すべきですが、疑心暗鬼にはなってはいけません。標準的なことをしっかり行ってくれていると感じたら、主治医の先生を信じて治療をしてください。

気を付けるべき「薬に頼らない心の治療」

「薬に頼らない」というフレーズは、いかにも患者さんのためにという良心に満ち溢れた言葉に聞こえるかと思います。しかしながら、ビジネスのためにそのフレーズを使っているクリニックは少なくありません。

冒頭でも書きましたが、精神科は目に見えない世界なので批判を受けやすいです。確かに問題提起されてもおかしくない部分もありますが、多くの医療者は自身の経験と知識を通して、患者さんをよくしようと頑張っています。

悲しいですが、批判する方が患者さんには魅力的に見えてしまいがちです。病気が長期にわたって苦しんでいる患者さんにとっては、いつまでも自分がよくならないことに理由を求めたくなってしまうこともあるでしょう。

「薬は害だ」という立場を極端にとる人は、ちゃんと精神科治療をしたことがない人です。精神科で薬を使えば、それによって劇的によくなる患者さんを必ず経験しています。確かに負の側面はありますが、「薬は害だ」とまではいいません。

「薬に頼らない」ことを掲げて、本当に丁寧に診察をしている先生もいます。漢方の先生も、東洋医学的な診察をする先生は誠実な方が多い印象です。ですが、「薬に頼らない」フレーズを、患者さん集めやビジネスに利用している医療機関もあります。気を付けていただきたいのは、とくに以下の2つのケースです。

  • 精神科での治療経験がない医師
  • 高額なサプリメントやプログラムなどの自費診療

その多くが、精神科での治療経験をもっていない医師のクリニックです。多くの方が誤解していますが、精神疾患の専門家は精神科医ということです。例えば心療内科や神経内科、脳神経外科は、精神疾患とは専門が異なります。

また、日本は標準的な医療水準が高い国です。エビデンスがしっかりとある治療は、原則的に保険適応となっていきます。そして高額な治療を宣伝している医療機関は、少し気を付けたほうが良いです。まずは標準的な治療を提供しているクリニックで、専門家の意見を聞いてみていただくのが良いかと思います。

まとめ

「薬に頼らない」ということの意味を考えていくと、様々なことが見えてきます。

最近では、「薬に頼らない」というフレーズが様々な形で使われています。医療情報があふれる中で、患者さんが正しい判断ができる一助になればと考えています。

精神医療は、多くの患者さんでの経験を積み重ねて発展してきています。精神医療は批判にさらされることも多いですが、積み重ねの結果にたどり着いた医療の形です。少しでも多くの患者さんが正しく判断し、標準的な精神科医療を受けられる一助になれば幸いです。

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執筆者紹介

大澤 亮太

医療法人社団こころみ理事長/株式会社こころみらい代表医師

日本精神神経学会

精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了

カテゴリー:精神科について  投稿日:2020年8月8日

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