精神科医療現場での生活保護の実情とは?
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2017年4月より、川崎市の元住吉にてクリニックを開院しました。内科医と精神科医が協力して診療を行っています。
元住吉こころみクリニック
生活保護費が年々増加していることは、度々ニュースになることがあります。「生活保護の実態」のような形で労働者の賃金水準と比較されたり、生活の内容が取り上げられてバッシングされます。
しかしながら世間の皆さんの意識にのぼるのは束の間で、時間がたつとすぐに風化してしまいます。
一方で財源の圧迫から生活保護費の切り下げが議論されると、マスコミはこぞって弱者切り捨ての論調に染まります。
生活保護費の受給者は、精神疾患の患者さんは非常に多いです。ですから精神科医療の現場では、生活保護の意味を日常的に考えさせられるのです。
精神医療の現場ではどのような生活保護の問題があるのでしょうか?
そしてその問題を解消するにはどうすればよいのでしょうか?
ここでは、精神医療の現場での生活保護の実情についてお伝えしていきます。
1.生活保護費と精神疾患の現状
公表されている統計データをみていくと、精神科の入院にかかわる医療扶助の負担が非常に多いとなっています。
厚生労働省の統計によれば、平成27年12月の時点で生活保護費受給者は約217万人(2165585人)、被保護世帯は約163万世帯(1634185世帯)となっています。
平成20年のリーマンショックの影響を受けて、生活保護の受給者は急激に増加しました。平成27年12月の時点では、実に人口にして1.71%もの人が、生活保護受給者という現状になっています。
金額ベースでは、平成14年度が2兆2,181億円であるのに対して、平成25年度は3兆6,314億円まで膨れ上がっており、実に1.6倍もの金額になっています。平成27年度予算は3.8兆円にも上っています。
生活保護費とひとくくりでいっても、その目的によっていくつかに分かれています。費用割合として大きいのは、以下の3つです。(平成25年度データ)
- 医療扶助(47.0%)
- 生活扶助(33.8%)
- 住宅扶助(16.0%)
この3つを合計するとおよそ97%もの金額になりますので、生活保護費はこの3つの扶助を考えていく必要があります。意外なことに、生活保護費の一番多くを占めるのは医療扶助なのです。医療扶助とはその名のとおり、医療費に対する支給なのです。
この医療扶助の中身をみてみましょう。平成27年度医療扶助実態調査によれば、入院費と通院医療費を比較すると、入院費がおよそ2.1倍となっています。
さらに入院費として支払われた医療費の割合は以下のようになっています。
- 精神・行動の障害(28.4%)
- 循環系の疾患(19.7%)
- 新生物(10.8%)
精神疾患による入院が最も多いのです。そして精神疾患の入院の特徴は、在院日数が非常に長いことです。
通院医療費に関してもみてみましょう。通院医療費として支払われて医療費の割合は、
- 循環系の疾患(22.4%)
- 内分泌栄養代謝免疫障害(13.4%)
- 筋骨格系・結合組織の疾患(12.2%)
このようになっており、精神・行動の疾患は4.2%となっています。このように公表されたデータをみていくと、精神疾患の入院医療費が問題に感じるかと思います。
2.精神疾患による生活保護費の実態はもっと多い
使うデータの年度は異なってはしまいますが、生活保護費における精神医療の金額を計算してみたいと思います。
- 医療扶助=3.8兆円×47%=1.786兆円
- 入院費:通院費=2.1:1=1.209兆円:0.577兆円
- 精神科入院費=1.209兆円×28.4%≒3434億円
- 精神科通院費=0.577兆円×4.2%≒242億円
精神疾患による生活保護費の実態は、もっと大きいのです。というのも、生活保護には他法優先の原則があるからです。生活保護は最後の砦なので、利用できる制度があればそちらから利用しましょうという原則です。
その背景には2つの制度があります。
- 自立支援医療制度
- 障害年金
2-1.生活保護者の精神科の通院費は自立支援医療に隠れている
自立支援医療制度での負担を含めると、通院費の中で精神疾患のしめる割合は1位となります。
自立支援医療制度とは、長期にわたって治療が必要となる心身の病気に対して、継続的に受けられるようにするために作られた制度です。このような病気として想定されているのは、治療が長期にわたる精神疾患と障害として残るほどの身体疾患です。
このような方に対して、医療費が1割になったり、収入によって上限が設けられます。生活保護の方は収入がありませんので、負担はゼロになります。この医療費は生活保護の医療扶助ではなく、自立支援医療費にふくまれているのです。
生活保護の方が精神疾患でかかる場合は、医療費に関してはほぼ全例自立支援医療を利用することになります。ですから、かなりの額が自立支援医療に隠れていると考えられます。
その実態はどれくらいあるのか、それを端的にあらわした統計は見当たりませんでした。いくつかの統計を組み合わせて推測してみます。
まず、自立支援医療の精神通院に含まれる生活保護者の割合は、平成26年福祉行政報告によれば、343748件/1778407件となり、19.3%となります。
同年の自立支援医療費の総額はおよそ5634億円なので、1087億円あまりになります。(※厳密に言うとこの総額には育成医療と更生医療も含まれていますが、10%程度になります。生活保護の方の自立支援を申請していると、通院頻度が普通の方よりも増えてしまう実情を踏まえて、相殺として計算してみます。)
本来ならばこれだけの医療扶助がかかるはずなのです。医療扶助の通院費の合計が5770億円ですので、自立支援医療分だけで18.8%になります。4.2%と合計すると23%となり、1位の循環系の疾患を抜いてしまうのです。
2-2.精神障害者の生活扶助や住宅扶助は障害年金に隠れている
精神障害者の生活扶助や住宅扶助のうち1000億近くは、障害年金に隠れています。
生活保護のもうひとつの隠れ蓑は、障害年金になります。身体障害者の場合は客観的にも明確な基準があります。このため、等級もかなり厳しくつけられています。
体幹の身体不自由をみるとイメージが分かりやすいと思います。
- 1級:座っていることができない
- 2級:座っていることが困難
- 3級:歩行が困難
歩けなくなってやっと3級なのです。それに対して精神障害者の場合は非常にあいまいです。おおよそ以下のように判断されています。
- 1級:日常生活がほとんどできない
- 2級:日常生活にも制限がある
- 3級:社会生活に制限があるが日常生活は大丈夫
最近は認定も厳しくなっていますが、おおよそこのような感じでしょう。精神疾患の場合はデータも特にないので、医者の書き方にもよってしまうのです。
生活保護者に障害年金が受給されるとどうなるのかといいますと、障害年金が支給された分は生活保護費の補填になります。つまり、生活保護の生活扶助や住宅扶助が減るのです。
障害年金は基礎年金分だけで、1級で月8万くらい、2級で6万くらいです。厚生年金に入っていれば、もっと高くなります。
この額がどれくらいなのか、推定してみましょう。公表されている統計として現時点で最新なものは、平成26年度の被保護者調査です。これによれば、1,583,211世帯中、障害年金世帯は116,435世帯となっています。このうち86,328世帯が障害基礎年金のみの世帯になります。
障害基礎年金のみの世帯は2級の6万円/月、厚生基礎年金の世帯は10万円/月として計算してみます。
30,107×10万円×12か月+86,328×6万円×12か月=98,284,560,000
ざっと983億円になるのです。
3.生活保護費の元凶は精神科の入院扶助なのか?
長期入院すると、生活扶助は入院日用品費に変わり、住宅扶助も打ち切られます。確かに高額ではありますが、見た目よりは少ないのです。仕方がない側面もあるのです。
精神科の入院患者さんのうち、1年以上入院している慢性期の患者さんは75.1%、そのうち5年以上入院している患者さんは43.6%にも上ります。
1年以上にわたる患者さんでは、入院費は月額372,000円ほどになります。こうみると、莫大な生活保護費の元凶のように感じるかもしれません。
しかしながら精神科に入院すると、患者さんに支給される生活保護費が変わります。生活保護は基本的に、生活扶助+住宅扶助として支給されます。
入院生活では生活費が必要ないので、生活扶助が入院日用品費23000円/月程度に変わります。住宅扶助に関しては6か月(最大9か月まで)は支給されますが、それを超えると住宅扶助も支給されなくなります。
このように、精神科入院に関わる医療扶助には、生活扶助と住宅扶助が含まれていると考えることができます。ですから3434億円と、かなりの額になってしまうのです。
さて、精神疾患の入院患者さんを退院させればいいのではないかと思われるかもしれません。しかしながら、それが出来ない事情があるのです。
- 受け入れ先がない
- 病状が安定しない
この2つの事情で退院ができないのです。実際に精神科病院で働いていると、こんなにも受け入れ困難で行き場所がない患者さんが多いのかと衝撃をうけます。受け入れ先を整備していくことは、今後必要になるでしょう。
しかしながらこのような患者さんは、仮に退院しても生活保護から脱するのは困難と言わざるを得ません。それでも一人の患者さんを退院させられれば、生活保護費全体で見れば1/3に減らせます。そのためには、社会が精神患者さんを受け入れられるようにしていく必要があります。
4.生活保護者に対する精神科医療の実情
患者さんの医療費負担がないため、何回も受診させる医療機関があります。また、見せかけの生活保護費を減らすことだけを目的とした生活保護ケースワーカーの方もいます。
精神科の通院医療に関してはあまり注目が集まりませんが、この部分に光を当てていきたいと思います。
精神科通院に関わる生活保護関係の費用について振り返ってみましょう。
- 精神科通院費の医療扶助:242億円
- 自立支援医療制度に隠れた部分:1087億円(推定)
- 障害年金に隠れた部分:983億円(推定)
これらを合計すると、2312億円になります。かなり大きな金額になることがお分かりいただけると思います。
生活保護の方は、精神疾患をかかえている患者さんが多いのは事実です。本当に仕方がないと感じる病気もあれば、果たして精神疾患といっていいのかといった方まで様々です。
生活保護の方に対する精神医療の現場では、2つの弊害があると感じています。
- 患者さんの医療費負担がないため、何回も受診させる医療機関
- 見せかけの生活保護費を減らしたがる生活保護ケースワーカー
医療機関としては、生活保護の方は「上顧客」と考えているところもあります。悪く言えばカモでしょうか。患者さん本人の自己負担は一切ありませんので、患者さんの医療費負担を考えなくて済みます。
通常は通院間隔を伸ばすような状況であっても、こまめに受診させることで医療費をかせぐのです。このような心境になるのは、医療機関としても経営を考えなければいけないので当然でしょう。そもそも、自己負担がゼロというのが元凶なのです。
生活保護の方は金銭的なゆとりがないため、一般の方と比べると心身の健康状態が悪いのは致し方ありません。しかしながら一人の人が使う医療費を比較すると、生活保護受給者は2.6倍にもなります。自己負担が多少でもあれば、不必要な医療は少なくなると思われます。
もう一つの弊害は、見せかけの生活保護費の削減だけを目指す生活保護ケースワーカーの存在です。生活保護ケースワーカーさんの評価基準はおそらく、生活保護費の削減にあるのだと思います。このために、治療に悪影響が出ることがあります。
生活保護の方にも色々な方がいますが、いい方は悪いですが2つのタイプに分けられます。
- ダメダメな人
- ギリギリな人
生活保護者の中には、仕事をしないで生活が成り立つ生活保護の環境から抜け出そうという意欲がわかない方もいらっしゃいます。働くよりも可処分所得が高いかも知れないと言われている状況ですから、それも無理はありません。
このような人に対しては、生活保護ケースワーカーはあきらめてしまいます。本人のやる気を起こさせるには非常にエネルギーがいるからです。そのかわりに頑張るのが、障害者年金受給を医者に迫ることです。そうすれば、生活保護費が減るからです。
患者さんが生活保護から脱して自立を目指そうという気持ちが芽生えた時、生活保護から障害年金にスムーズに移行するために申請することは意味を感じます。しかしながらやる気がない段階で障害年金を申請すると、障害者という逃げ道が出来上がってしまうことがあるのです。
それに対して、頑張っていたのにどうにも立ち行かなくなって生活保護を申請する方もいます。このような方は、しっかりと休養をとって治療をすすめていく必要があることが多いです。
そんな中、自分の成績だけを追い求める生活保護ケースワーカーは、社会復帰を焦らせることがあります。まだまだ治療が必要な時に、「この仕事はできそうか?」「あの仕事なら大丈夫!」などと、患者さんをせかすのです。その結果として治療が長引くことも時にあります。
生活保護受給者が増加して、ひとりのケースワーカーさんが何人もの方を担当せざるを得ない実情もあります。また、非常に心温かく、患者さんのことを熱心にみてくれる方もいます。ですがこのような弊害が生じることは、実際の現場ではよくあります。
5.生活保護改正法の精神医療へのアプローチ
医療機関の不正をなくすことと、ジェネリック医薬品への切り替えに力を入れています。
生活保護費がこのまま膨らんでしまっていけないということで、平成26年7月から生活保護改正法が施行されました。
精神医療に関わる改正点として大きなものは、以下の2点になります。
- 指定医療機関の指定厳格化
- 後発医薬品(ジェネリック)の推奨
生活保護の方が受診する病院は、指定医療機関でなければなりません。ほとんどの医療機関がまともに医療を行っているのですが、中には不正をする医療機関もあるのです。そのような医療機関を厳格に管理する方針を打ち出しています。
また、後発医薬品の使用を推奨しています。平成24年までは、生活保護者の方が先発品を使っている傾向にありました。自己負担がないので、ジェネリック医薬品に関心がなかったことが原因でしょう。
ジェネリック医薬品は薬価も安いので、医療費も軽減されます。平成26年度では、医療全体で54.5%の数量シェアに対して、生活保護者では61.0%の数量シェアに逆転しています。
6.生活保護費を減らしていくにはどうすればよいのか?
生活保護者が退院することに対するインセンティブを、利害関係者の中で上手く作っていく必要があります。また、医療費の自己負担を検討していく必要があるように私は感じます。
これまで精神疾患に関わる生活保護の現状をみてきました。これを踏まえて、少し私見を述べさせていただければと思います。
「生活保護費をいかに抑えていくのか」、このことは良く議論されていると思います。そこでよくターゲットになるのが、医療扶助の部分です。まず医療扶助について考えてみます。
精神科医療に関わる医療扶助の実態は、以下のようになります。
- 精神科入院費:3434億円
- 精神科通院費の実態:1329億円
- 身体科通院費:5528億円(5570-242億円)
よく指摘されているのが、精神科入院費です。確かに金額として非常に大きく、これを何とかしたいという気持ちになるのは当然でしょう。このためには、「社会的な受け入れ態勢を整えることが必要だ」というのがよくいわれている結論です。
生活保護の方が入れる施設としては、救護施設、更生施設、養護老人ホーム、特別養護老人ホームなどがありますが、まだまだ十分とは言えません。そうはいっても、施設に空きがでてくることはあるのです。
生活保護の方が長期入院となるケースは、医療サイドにも行政サイドにも退院に向けたモチベーションが働かないことが大きいです。
生活保護の方は家族のサポートがないことがほとんどです。ですから、家族からの退院欲求もありません。行政側も担当者によって温度差も大きく、退院させて地域に移行させていこうという熱意のある方は多くありません。
生活保護の患者さんは公的に医療費が支払われるので、医療費の滞納が必ずありません。医療機関にとってみれば、確実な収入がえられるのです。このため、あえて積極的に退院させようとするモチベーションがわきません。慢性期の患者さんは主治医に完全に一任されていることが多く、退院手続きには手もかかりますので、主治医としては誰も求めないのに退院させようとは思いません。
精神科入院の長期化の要因は確かに社会の受け皿の整備の問題もあるでしょう。地域支援に向けたアウトリーチが推進されていますが、なかなかすすんでいません。退院に対するインセンティブを、ステークホルダー(利害関係者)の中でうまく作る必要があるかと思います。
精神科通院費も、自立支援医療制度に隠れている部分を合わせるとかなりの額になります。生活保護の方は医療費がかからないので、通院間隔を伸ばせるような状況であってもこまめに通院させる医療機関が多いです。そして多くの患者さんが、それに疑問なく通院するのです。
生活保護の患者さんは心身の健康状態が悪い方が多いので、医療費がかさんでしまうのは仕方がないことではあります。しかしながら、明らかに不必要な受診もあります。役所からの医療券がなければ受診できないという形にはなっていますが、役所側としても明らかに不必要と思われること以外は、ノーとはいえないでしょう。
これは精神科に限った話ではありません。身体科でもみられる話です。勤務医はそういった負の側面を診ることが多いので、いまの生活保護に何らかの疑問を感じている方が多いです。
通院医療費は、精神科だけでなく身体科もあわせるとかなりの額になります。患者さんの自己負担を少しだけとるだけでも、不必要な受診はかなり減少するのではないかと思います。
まとめ
私自身が日頃疑問に思っていることがあったため、生活保護の現状を調べてみました。生活保護の方もピンキリで、医療現場では様々な方に出会います。
制度として画一的に人に当てはめていくものをつくっていく以上、どうしても上手くいかない部分が出てしまうのは仕方がありません。
マクロ的な視点では問題に感じる部分はあっても、個々の患者さんというレベルでみると「何とかしてあげたい」と思うことは多々あります。
本当に助けが必要な方を守り、そして自立できる方は自立しようとおもえるような制度になっていってほしいと、心から願っています。
投稿者プロフィール
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2017年4月より、川崎市の元住吉にてクリニックを開院しました。内科医と精神科医が協力して診療を行っています。
元住吉こころみクリニック
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