TMS治療(経頭蓋磁気刺激法)のうつ病への効果
TMS(Transcranial Magnetic Stimulation)は、日本語に訳すと経頭蓋磁気刺激といいます。
TMS治療とは、磁気のエネルギーを使って脳で電流を起こし、電気刺激する方法です。電気を使った治療としては、電気けいれん療法が昔から行われていました。精神科の薬が開発される以前に試行錯誤の中で見つけられた方法ですが、現在でも切り札として使われている治療法です。
TMS治療は、電気けいれん療法(ECT)をヒントにして生み出された治療法です。マイルドな電気けいれん療法と考えてもいいかもしれません。
日本では保険適応が認められずに自費診療となっています。ここでは、TMS治療(経頭蓋磁気刺激法)の効果から費用まで、詳しくお伝えしていきます。他の治療法とのTMS治療の位置づけや今後の展望を考えていきながら、TMS治療についてみていきましょう。
1.TMS治療(経頭蓋磁気刺激法)とは?
TMS治療とは、磁力から電流を起こして、大脳の特定の部分を電気刺激する治療です。
TMS治療とは、けいれんを起こさずに脳に電気刺激をする方法です。磁気のエネルギーを用いて脳にエネルギーを送り、脳で磁力から電流を起こします。これによって脳の特定の部分を電気刺激する方法です。
お薬の治療をある程度しても効果がなかった患者さんに対して、さらに薬物療法を行っていくのとTMS治療が同等の効果があるとされました。これをうけてアメリカでは、2008年にうつ病への適応が認められました。
それ以外にもカナダやオーストラリア、一部のヨーロッパなどでうつ病の治療機器として認められています。副作用も少なく、今後の治療の選択肢の一つとなりますが、日本では保険適応が通っていません。
海外ではうつ病だけでなく、統合失調症にも適応が拡大されようとしています。統合失調症の幻聴に対して、言語やを刺激すると改善するという報告がされています。
2.電気けいれん療法とTMS治療
TMS治療では頭蓋骨の抵抗を避けるために、磁気エネルギーから電気エネルギーに変換する方法をとりました。
電気けいれん療法は、電極を頭皮にあてて脳に電流を流すことで効果を発揮します。これによって身体にけいれんが起こるので、電気けいれん療法と呼ばれます。効果のメカニズムはよくわかっていませんが非常に効果の大きな治療法で、現在でも精神科治療の切り札として行われています。
TMS治療は、脳の一部だけを直接電気刺激することでけいれんを起こさないようにできないかと考えられて考案されました。けいれんを起こさないようにして直接電気刺激をするためには、頭がい骨が邪魔になります。頭がい骨は電気抵抗がとても高く、衝撃から脳を守るだけでなく電気的にも保護しています。
頭蓋骨によって9割ものエネルギーが減衰するといわれています。ですから大脳から直接刺激するためには、高圧で高電流が必要となります。このため、痛みが強くなり治療には用いることができません。
そこで考えられたのが磁気エネルギーです。磁気エネルギーでは、頭がい骨での抵抗をうけずに大脳にエネルギーを届けることができます。そこで誘導電流(渦電流)をおこすことで電気エネルギーにかえて、大脳を刺激するのです。TMS治療では、あたかも頭蓋骨を取り外して直接電気刺激しているかのように、効率的に刺激することができます。
TMS治療は電気けいれん療法と比べると効果は劣りますが、副作用が非常に少なく、電気けいれん療法で問題となる認知機能の副作用がないという点がメリットです。
電気けいれん療法について詳しく知りたい方は、「電気けいれん療法(電気ショック療法)とは?」をお読みください。
3.TMS治療の刺激方法
左前頭前野に対して高頻度刺激し、背外側前頭前野という部分を活性化させるのが一般的です。
TMS治療は、厳密に言うとrTMS治療(反復経頭蓋磁気刺激法)になります。1回の刺激では、効果は刺激している時だけになってしまい持続しません。何度も反復して刺激することで、刺激終了後も効果が持続していきます。
現在では2つの部位の刺激が効果があるのではと考えられています。
- 左前頭前野に対して高頻度刺激
- 右前頭前野に対する低頻度刺激
このうち一般的に行われているのは、左前頭前野を高頻度で刺激することで、背外側前頭前野という部分を活性化させます。うつ病の方では、この部分の脳血流や代謝が低下していることが分かっています。
一方で右側の前頭前野を低頻度で刺激すると、腹内側前頭前野という部分の過活動を抑えます。うつ病の方では、この部分の脳血流や代謝が増加していることが分かっています。
このように、刺激頻度によっても脳機能への影響が異なってきます。刺激頻度が1Hz以下の低頻度刺激ですと、刺激部位の神経活動が低下して興奮性が低下します。一方で5HZ~20Hzの高頻度刺激では、刺激部位の神経活動が活発になり興奮性が高まります。20~40分ほど刺激を行います。
4.TMS治療のメカニズム
ドパミンの分泌が促されるという報告がありますが、ハッキリとしたことはわかっていません。
治療メカニズムは十分に解明されていません。物質としてはグルタミン酸やGABA、セロトニンへの影響も報告されていますが、特に注目するべき点としてドパミンの分泌を促すという報告があります。
また、病気になると脳機能間の機能結合が変化することがわかってきていて、TMS治療ではそれらの機能結合が改善する可能性も考えられています。
さらに神経可塑性が引き起こされて、神経が変化することが報告されています。神経回路としては、左前頭前野の活動亢進と右前頭前野や大脳辺縁系への活動抑制が抗うつ効果と関連する可能性があるといわれていますが、詳しくはわかっていません。
5.TMS治療の効果
薬物療法と同等の効果があるとされていますが、ECT(電気けいれん療法)には劣ります。双極性障害では、現在のところ抗うつ効果や抗躁効果は認めておらず、躁を悪化させる可能性が指摘されています。
TMS治療が海外で認められるきっかけになったのは、アメリカ・カナダ・オーストラリアの3か国で行われた臨床試験です。薬物療法では難治であった301名の患者さんでTMS治療を行いました。
この結果、うつ病の評価方法であるHAM-Dでは有効となりましたが、うつ病の精神症状を中心に評価するMADRASでは有効な傾向という結果にとどまりました。これを受けてアメリカは一時承認を見送りましたが、副作用が少ないことや抗うつ剤と同等の効果を示したことから、2008年10月に承認されました。
その後もTMS治療に関する研究はすすめられ、多くのことが報告されています。以下にご紹介しますが、研究の歴史が浅く、まだ定説となっていないものもあります。
- 薬物療法が効くかどうかは治療結果に関係がないこと
- 刺激を強くすると抗うつ効果が上がるわけではないこと
- 薬物療法と併用すると効果が弱まること
- ECT(電気けいれん療法)と比較すると効果が弱いこと
TMS治療のその他の効果として、前頭前野の刺激によって、前頭葉機能を中心とした認知機能の改善効果が報告されています。
具体的には、言語の流暢さや作動記憶、実行機能や処理速度、学習や注意などの改善効果が期待できます。認知機能の改善効果はまだ定かではありませんが、認知行動療法などの心理治療へのアプローチを早めたりすることが期待されます。
なお、双極性障害に対してはまだまだ研究が乏しく、現時点では抗うつ効果や抗躁効果ははっきりしていません。効果があるとする報告もあれば、躁状態を悪化させる可能性も指摘されています。
※この記事を書くに当たって大学で研究している私の先輩から話をききましたが、一般的に言われているほど効く実感がないとのことでした・・・
6.TMS治療の副作用と安全性
副作用は全体的に少ないと言われています。最も多いのは頭痛になります。まれですが重要な副作用として、けいれんを誘発します。てんかんや頭部外傷、妊婦は注意しましょう。
絶対に行ってはいけないケースとしては、頭蓋内に何らかの磁気をもつものが埋め込まれている場合や、ペースメーカーなどの体内埋め込み医療機器がある場合です。
注意を要するケースとしては、けいれんのリスクが高いてんかん、頭部外傷、妊婦などです。脳神経を刺激することでけいれんが誘発してしまうことがごくまれにあります。リスクが高い方は避けた方がよいでしょう。
副作用は全体的に少ないといわれていますが、頻度が高いものは一時的な頭痛や頭皮の痛みです。とくに高頻度の刺激では痛みが強くみられます。基本的には刺激を止めればなくなりますが、一割くらいの方は頭痛が残ることがあります。
もっとも重篤な副作用であるけいれん発作のことも踏まえると、週に15000パルス以上の刺激は与えてはならないとされています。
7.日本でのTMS治療の状況と費用
保険適応が認められていません。自費診療か臨床研究という形でしかTMS治療をうけられません。自費では100万円近くかかってしまいます。
現在のところ、日本では保険診療の適応にはなっていません。反復経頭蓋磁気刺激による治療を希望される場合は、2つの方法があります。
- 自由診療のクリニック
- 臨床研究にエントリー
TMS治療は保険適応がうけられませんので、自由診療として行っているクリニックがいくつかあります。現在の日本の医療制度では混合診療が禁止されているので、抗うつ剤などの薬物療法と併用して治療をうけることはできません。
自由診療のクリニックでは、その費用は病院側の言いなりです。私が検索したところでは、1回のTMSで2~6万となっていました。これを20~40回行いますので、100万以上かかる治療なのです。
これだけ高額な治療ですので、TMS治療はちゃんとした診断に基づいて本当に必要な患者さんにだけ提案するべき治療法です。患者さんの希望するままに施行するクリニックには注意してください。営利目的だけに走っているクリニックもあるため、早く保険適応が通ることが望まれます。
大きな病院では臨床試験としておこなっている場合もあります。臨床試験の場合は、費用がかかるどころか謝礼が払われることもあります。しかしながら、何らかの制約があります。場合によっては、本当の治療と偽物の治療にランダムに振り分けられ、医者も患者もわからない状況で治療を行っていく場合もあります。
TMS治療の臨床試験を行っている病院としては、神奈川県立精神医療センター芹香病院や福井県の松原病院などがあります。
8.TMS治療はどのような人に向いているの?
- お金がある方
- 薬物療法をやり切った方
- ECT(電気けいれん療法)がどうしても怖い方
これらを踏まえて、TMS治療がどのような方にむいているのかを考えていきましょう。
TMS治療は、薬物療法よりも副作用が全体的に少ないといえるでしょう。効果としては薬物療法と同等とも考えられていますが、副作用は全体的に少ない治療法です。ただ、日本では保険適応されていないので、現時点では非常にお金のかかる治療法です。お金がある方には向いているでしょう。
私は、TMS治療は薬物療法をやり切った方が検討する治療法だと考えています。以前は日本で使える抗うつ剤は限られたものしかありませんでしたが、現在では日本でも様々な抗うつ剤が発売されています。副作用が少ない抗うつ剤もたくさん発売されています。まずは自分に合う薬をみつけていきましょう。
薬物療法をしっかり行えば、7割ほどの患者さんはよくなるといわれています。薬の反応性が悪い患者さんは、脳の機能異常というよりも心理的な問題を抱えている方が多いので、精神療法をじっくりと行っていく必要があります。
しかしながら、お金の問題さえなければTMS治療はひとつの選択肢として行ってみたい治療ではあります。お金の問題さえなければ、ぜひやってみたい治療ではあります。ただ100万もかけてやるべきかというと、そうは思えません。
難治性のうつ病の方にも効果が期待できるものは、ECT(電気けいれん療法)です。どうしても改善しないうつ状態では、ECTが著効することがあります。一見すると怖い治療法にみえますが、安全性も比較的高い治療法になります。現在は修正型といって、麻酔をかけながら行うこともできます。
薬物療法も効かず、ECTがどうしても怖い方は、TMS治療を行ってみてもよいかも知れません。
まとめ
TMS治療とは、磁力から電流を起こして、大脳の特定の部分を電気刺激する治療です。左前頭前野に対して高頻度刺激し、背外側前頭前野という部分を活性化させるのが一般的です。
TMS治療は薬物療法と同等の効果があるとされていますが、ECT(電気けいれん療法)には劣ります。副作用は全体的に少ないと言われています。てんかんや頭部外傷、妊婦は注意しましょう。
TMS治療は、保険適応が認められていません。自費診療か臨床研究という形でしかTMS治療をうけられません。自費では100万円近くかかってしまいます。
TMS治療がすすめられるのは、以下のような方です。
- お金がある方
- 薬物療法をやり切った方
- ECT(電気けいれん療法)がどうしても怖い方
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