内科医における「いい医者」とは?

元住吉 こころみクリニック
元住吉 こころみクリニック
2017年4月より、川崎市の元住吉にてクリニックを開院しました。内科医と精神科医が協力して診療を行っています。
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「A子ちゃんってどんな子なの?」

こんなさり気ない会話の中で、「A子ちゃんは良い子だよー」のようなやり取りがよくされています。その中で「A子ちゃんは良い子って具体的にどんなところが?」って聞くと、「・・・とにかく良い子だよ」となってしまうこともあります。

さらには、女子から見て良い子と男子から見て良い子は、受け止め方が異なります。このように、「良い」って単語は実はとても曖昧で、ふんわりしている印象の言葉です。人によってもその基準が変わってしまうのです。

「良い医者と悪い医者の見分け方」といった記事をインターネットでは見かけますが、そもそも良い医者ってなんでしょうか?

「良い先生を教えてください」という患者さんの多くは「腕のいい先生」を求めているのですが、教える側の患者さんは「感じのいい先生」を伝えていることが多いです。

ここでは、自分自身への戒めの気持ちもこめて、内科医の私からみた「いい医者像」を伝えたいと思います。

 

1.患者さんからみた良い医者ってどんな医者?

話を聞いてくれる、目を見て話してくれるといった意見が多いです。信頼しやすい、優しいなどと思える医者が良い医者と患者さんに受け止められるかと思います。

患者さんに「良い医者とは?」と質問すると、以下のように答えてくれました。

  • 最後まで自分の話を聞いてくれる医者
  • 目を見て話を聞いてくれる医者
  • にこにこしていて優しそうな医者

パッと見たらどれも良い医者かと思います。しかしちょっと冷静に考えてみましょう。
これって良い「医者」ではなくて、良い「人」に置き換えられませんか?

  • 最後まで自分の話を聞いてくれる人
  • 目を見て話を聞いてくれる人
  • にこにこしていて優しそうな人

このようになりますね。

医療の世界では度々、無免許で診察していた人が逮捕されたなんてことがあります。この時によく聞くのが、「凄く良い先生だったのに無免許なんて信じられない」といった患者さんの声です。

つまりこの逮捕された人は、良い「医者」は演じられないので、良い「人」を演じて医療をしていたことになります。

医療は患者さんと医者という、「人」と「人」が会話をして成り立つ仕事です。そのため良い「人」ということは、間接的にみれば良い「医者」につながっていくかと思います。患者さんは、この「人」の良さをいい医者と受け止めることが多いと思います。

 

2.良い医者の答えは、求められる役割によってかわる

内科の医者に求められるのは、正確に診断して最良の治療を選ぶ力です。それは、大きな病院か町のクリニックによっても変わってきます。時間ではないのです。

では、医者から見た良い医者とはどんな医者でしょうか?これも科によって様々あるかとは思いますが、「良い医者とは?」という質問に対して、内科の先生が答えている回答をいくつか挙げてみましょう。

  • 診察時間を多く取る医者
  • 全身を細かく診ていく医者
  • 他の医療者とコミュニケーションがしっかりとれている医者

患者さんの良い医者よりは同じ医療者ということで、「良い」が少し具体的になったかと思います。内科の医者に求められるのは、より多くの情報を詳細に拾って正確に診断し、最良の治療を選ぶ力ということでしょう。

これはその通りだと思います。ですが、働いている科や病院で全く求められていることが変わってきます。

「私は初めて会った患者さんには、必ず10-20分は詳細に問診をとるようにしています。」とインタビューで答えている先生もいました。この先生は、例えば9時から12時の午前の外来に何人の初診の患者さんを診ている先生なのでしょうか?

大きな病院で診断がつかなくて困ってる患者さんのみを診察する先生だと、じっくり診察することはとても大切なことだと思います。クリニックで40~50人と、大勢の患者さんを一人の先生が診なければいけない場合はどうでしょうか?クリニックで初めての患者さんに20分の診察を行っていたら、とても時間内に終わりません。待ち時間がとても長くなってしまいます。

他の病気の患者さんと長時間待つことで感染するリスクも増えますし、体調が悪い状態でずっと待たせることがとても良いこととは思えません。さらに早急に治療が必要な患者さんを数時間待たせて急変してしまったら、「良い」医者ではなく、「悪い」医者になってしまいます。

このように、良い医者かどうかの答えは、求められる役割によっても変わってきます。しかし医者に求められる根本的な部分は同じで、「患者さんをいかによくできるか?」が求められます。その根本的な部分を大事にして、クリニックに求められる良い内科医とは何かを考えてみたいと思います

 

3.クリニックの内科医に求められる良い医者とは?

クリニックでは、毎日たくさんの患者さんを診察しています。限られた時間の中で効率よく、それでいて正確に診断と治療を行っていく必要があります。

ここでは、クリニックの内科医に求められる良い医者について考えていきたいと思います。

 

3-1.患者さんとの会話をコントロールするのが上手い医者

問診の中で患者さんと信頼関係を作り、的確な情報を聞き出すことが必要不可欠になります。

「患者さんの話を最後まで聞く医者」というのが良い医者と感じる方も多いかと思いますが、これは正確ではなくて、最後まで話をしたと思わせられる医者がいい医者だと思います。

50人の患者さんを対応すれば50人の色々なお話を聞きます。中には今回の病状とは関係のない話に脱線してしまうこともあります。具体例を一つあげてみましょう。

「咳でA病院に行ったら、そこの先生は私の話をろくに聞かずに風邪だって言ったんですよ。そもそもあの先生は、私が前にお腹が痛いって行ったら・・・」

このようにA病院の不満をお話しされる患者さんがいたとします。医者からすると患者さんは「A病院に不信感を持ってるんだな。」って情報は手に入りますが、今回の咳に関する情報は全く手に入りません。

このまま最後までA病院の不満を聞くことが良い医者でしょうか?これはお互いにとって時間のロスになります。ただし診療に慣れてない若手医者は、患者さんの会話を遮る術をあまり持ってないです。結果として最後まで話を聞いてしまったということになります。では医者がこんな風に会話を止めたらどうでしょうか。

「A病院のことなんて知らないよ!!あなたは咳でそもそも来たんでしょ。前のお腹が痛い話なんて全く関係ないでしょ!!」

こういう医者は結構多いです。これで怒鳴る医者は良い医者でしょうか?これはA病院と全く同じで、患者さんにはろくに話を聞かない医者という評価で終わってしまいますし、いきなり怒鳴る医者には色々相談もしにくくなってしまいますね。

私ならこう言って問診をすすめていきます。

「A病院で色々辛い思いをされたのですね。今度はそういった思いをされないように一緒に良い治療を見つけていきましょう。先ほどA病院に咳で受診したと言われましたが、いつ頃咳が出てA病院に受診されたのですか?」

ある程度患者さんの会話の切れ目で、このように言葉を問いかけて話の筋を戻します。A病院に不満があるという患者さんの気持ちも受け止めて共感しながらも、その上で診断治療のために知りたい情報を聞きだせるように、会話をコントロールしています。

これは一例ですが、患者さんは今回の病状と関係があるかどうか分からないので、色々な話をされます。その中には、医者からするとあまり重要でない話も含まれてしまいます。話がまとめるのが苦手な患者さんは、同じような内容を繰り返す方もいます。

大切なのはそれを怒鳴って訂正するのではなく、共感したうえで医者が聞きたい内容を導いてあげることです。多くの患者さんの診察に追われて時間との勝負になってくると、これができない医者が多いと現場にいて実感します。しっかり会話がコントロールできる医者は良い医者と私は感じますし、常に目指すように心掛けています。

 

3-2.SOAPに基づいて診断し、治療方針がしっかり決められる医者

医療は問診・診察所見・検査所見から多数の病気を鑑別し、ある程度絞って治療します。

医療のカルテの記載の基本はSOAPと、医者になった最初に教わります。

SOAPとは以下の事を示します

  • S(Subject):主観的データです。主に患者さんからのお話の内容です。
  • O(Object):客観的データです。身体診察や・様々検査から得られた情報です。
  • A(Assessment):SとOの情報を元にした評価です。つまり診断になります。
  • P(Plan):Aを元にした計画です。つまり治療方針ということになります。

これを基本にカルテは記載されますし、医者の頭の中で考えていくことも、基本はAとPを決めるためにSとOを充実させていくことになります。

あなたがお話している時に医者が一生懸命キーボードを打っていたり、カルテを書いていたりしているのは、実はSの部分をカルテに残すためです。

 

患者さんが話している時に目をみて聞いてくれる医者を良い医者と感じる方は多いと思います。最初に患者さんが入ってきたときに目を見て挨拶をする、これは医者どうこう以前に、社会人としてのマナーができているかどうかです。

では、患者さんのお話を聞きながら目を見てカルテを記載するのは可能でしょうか?最近の医学部では模擬患者さんを相手に問診するといったトレーニングがあります。そこでは、患者さんの目を見てしっかり話を聞くことと医学生は教育されますが、実際には話を聞きながらメモを取るのは非常に難しいです。

話を聞き終わってからメモすると無言の間ができてしまいますし、一生懸命に聞く方に夢中になってしまうとカルテが白紙になってしまいます。

お話されている時相手の目を見るというのは大切ですが、これだけで判断すると「外面は良い医者」や「ブラインドタッチで素早く文字が打てる医者」という浅い判断になりかねません。

いつも目をみてニコニコ話を聞いている医者のカルテをみてみると、

S:NP P:do

しか書いてないなんてこともよくあります。NPはno problem=変わりなし、doは同じ治療を継続ということです。この日に患者さんを診た以上の情報はカルテに全く記載されていないことになるので、良い医者というよりはダメな医者です。

医者はSである程度現在の病歴が分かったら、次にOで診察や検査をし、Aの診断にいくというのが診察のスタンダードな流れです。

ちなみに初めてあった患者さんの確定診断をつけられないことも多いです。この時は「S/0」と「R/O」を使い分けて診断します。

  • S/O(Suspect Of):○○の病気を疑います。
  • R/O(rule out):○○の病気を除外します。

つまりSやOの情報からいくつかの病気が疑われた時にはS/Oとなり、その中で早急に治療しなければならない病気をR/Oとして示します。

R/Oは見逃してはいけない病気ですので、どんな内科医でも、「この症状だったら○○と○○はR/Oする!」とできるように教育されます。(全ての内科医ができるかどうかは別ですが・・・)

一方でS/Oは、確定診断にすぐに至らなくても大丈夫な病気です。名医と言われる先生は、このS/Oされる疾患がとても多いです。疑われた疾患をSとOのデータを元にふるいにかけていって確定診断につなげていくのです。私もまだまだ勉強中の身ですので、この訴えからこれをS/Oにあげて、それに基づいてこのような検査をして診断するなんて凄いなぁって感心する先生も多いです。

胸が痛い患者さんに対して、「検査で怖い病気がないから痛み止めで様子を見てみましょう」といったときのカルテを、良い医者と悪い医者で比較してみましょう。

S:左胸が痛い。
O:胸部所見:異常なし。心電図:異常なし。レントゲン:異常なし。
A:左肋間神経痛S/O。心筋梗塞R/O、左気胸R/O、大動脈解離R/O
P:痛み止めで様子をみる。

例えばこのようなカルテが良い医者のカルテです。

S:左胸が痛い→P:痛み止めで様子をみる。

これは医療ではなくてお医者さんごっこです。

胸が痛い、お腹が痛いは、「あなたの体に何か起こっているよ」という警報です。咳や熱は、あなたの体を何かから守ろうとしている防御反応です。これという診断がないまま、痛み止めや咳止め、熱さましで様子をみていると、後で思わぬ病気で手遅れに・・・なんてことにもなりかねません。

SOAPがしっかりできる医者が、良い内科医だと思います。

 

3-3.2手先、3手先が読める医者

実際に治療した後の評価、さらに病状の変化した場合がしっかりとできることは医者としてとても大切な能力です。

治療方針が決められたうえで、さらにこの症状だったら今後どうなるかと、先を予想することができることは非常に大切です。

「診察してお薬を出して、患者さんが満足したら終わり!何かあったら大きな病院に救急車で行ってね」というクリニックはとても多いです。

先ほどS/OとR/Oの内容を書きましたが、完全にR/Oするのは実は難しい場合も多いのです。検査で異常がないから完全否定というわけには、医療の世界ではいきません。

後から思わぬ病気が見つかって誤診だ・・・なんて話もありますが、これは誤診というよりは、その時は診断できずといったことになります。クリニックでは、採血一つでもすぐに結果がでないことが多いです。

それではクリニックに行くことは無駄骨かというと、そんなことは決してありません。人間の体は実は非常に優秀で状態が悪くなった時に症状が強くなったり、別の症状が出たりします。また病気が良くならない時は、症状がずっと続いて警報を鳴らしてくれます。

大切なのは、このような症状が強くなった時や続いた時は、○○を疑うからすぐに受診するように伝えたり、場合によっては大きな病院に行くように医者が伝えられるかどうかです。

SOAPがしっかりできていて、R/Oしなければいけない疾患が分かってる医者は、そのR/Oの病気ではどのようなことに気を付ければいいのかも伝えることができます。

次受診した時に症状が続いていたり、別の症状が出てきたら、S/OとR/Oが変わることも多々あります。大切なのは、これらの習慣がしっかりできている内科医かどうかです。

「痛み止め飲んでいれば良くなるんですね。それならば痛み止めを続けていきましょう。」これは医療放棄で、体からの警告を無視していることになります。しっかりと患者さんからの警告に対して向き合える内科医が良い医者といえます。

 

3-4.患者さんに病状を分かりやすく説明できる医者

患者さんに今の症状を分かりやすく伝えられなければ、何も考えてないとほぼ同じになってしまいます。どういった診断で、どうしてこの治療をするのか患者さんが納得できる医療ができるのが良い医者です。

診療の技術が素晴らしい医者でも、最後の最後にそれが患者さんに伝わらなければ何の意味もありません。

サッカーで例えると、見事なパスワークで綺麗なセンタリングまであがったのに、最後の最後でシュートを大きくゴールから外すということになります。

つまり、どんなに過程が素晴らしくても、患者さんの心にゴールしなければ全く意味がないのです。場合によっては意味がないばかりか逆効果になりかねません。

医者が伝えたつもりでも患者さんが分からないまま経過した、後で大きな病気になってしまった時に、言った・言ってないで問題になった。これは医療業界ではよくあることです。色々なケースがあるでしょうが、うまく医者の説明が伝わっていないことも多いです。

医者の説明が伝わらないのには、色々な理由があると思います。

  • そもそも医者自体がしっかりと病状を把握できていない。
  • 医療用語が並びすぎていて言っていることが難しくて理解できない。
  • 早口すぎて、あるいは声が小さすぎてよく聞こえない。
  • 「ちょっと」、「たぶん」、「一応」などの言葉が多すぎて信用できない。

私は必ず、「話した内容で分からないことはありましたか?」「何かご質問はありますか?」と聞くようにします。一方通行の医療ではいけません。患者さんとの二人三脚で病状を良くしていくことが良い医者だと思います。

 

まとめ

患者さんからみた良い医者は、医者からみたら良い医者じゃないこともあります。診察時間は同じ5分だとしても、医者によってその診察の質は大きく異なります。

私が良い内科医だと思うのは

  1. 患者さんとのコミュニケーション能力が高い。
  2. 医療能力が高い。

この2点を兼ね備えた医者だと思います。私自身も精進したいと思っています。

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2017年4月より、川崎市の元住吉にてクリニックを開院しました。内科医と精神科医が協力して診療を行っています。
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