強迫性障害の加害恐怖とは?
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2017年4月より、川崎市の元住吉にてクリニックを開院しました。内科医と精神科医が協力して診療を行っています。
元住吉こころみクリニック
「誰かを傷つけてしまうかもしれない」という恐怖にとりつかれてしまうことを、加害恐怖といったりします。
道を歩いていてすれ違った時に相手を殴ってしまうのではないか…
運転をしていて誰かをひいてしまったんじゃないか…
といったように、不安感が高まって確認しないではいられなくなります。一度の確認では気が済まず、何度も繰り返し確認してしまいます。
多くの方がバカバカしいと思っていても、やめられません。このような、「誰かを傷つけてしまうのでは」という強迫観念と、それによる不安を打ち消すための「繰り返し確認する」という強迫行為がみられます。
このため加害恐怖は、一般的に強迫性障害のひとつのタイプと診断されます。ここでは、加害恐怖の原因と症状、そして診断と治療についてみていきたいと思います。
1.加害恐怖の強迫症状とは?
禁断的思考の強迫観念にとらわれて、その不安を打ち消すために確認行為という強迫行為をおこなってしまいます。
加害恐怖は、強迫観念と強迫行為という2つの症状を特徴とする強迫性障害のひとつのタイプです。
- 強迫観念-禁断的思考「してはいけないことを、誰かにしてしまうのではないか」
- 強迫行為-確認行為「大丈夫かの繰り返し確認すること」
加害恐怖の患者さんでは、この2つの強迫症状を特徴とします。
禁断的思考とは、「こうしてはいけない」という思考に対してのとらわれです。その裏側には、「こうあるべき」という思考があります。そのようなべき思考が強いと、それを破ってしまうのではという不安が高まりやすくなります。
あってはならない考えが日々の生活の中でひとりでに浮かび、不安や不快感が高鳴ってしまいます。それを打ち消すために、繰り返しの確認行為をしてしまうのです。加害恐怖は様々な内容のものがあります。
- 「他人を傷つけてしまうかもしれない」「車で轢いてしまうかもしれない」といった自分が攻撃してしまうことへの恐れ
- 「他人を性的に虐待したいと考えてしまう」「卑猥な内容が頭に浮かんでしまう」といった性的な加害の恐れ
- 「神を冒涜してしまうのではないか」「道徳に反してしまっているのではないか」といった宗教的な恐れ
このようなことをしてはいけないと分かっていますし、実際に行うわけではありません。患者さん本人も望んでいない思考なので、非常に苦悩しているのです。
このような加害恐怖を打ち消すために、強迫行為として確認行為をします。自分が車で誰かを轢いていないか何度も確認してしまったり、ニュースになっていないか確認したりします。
このように自分で確認できることならば自己完結するのですが、中には自分では確認のしようがないものもあります。そのような時は周囲の方に、「大丈夫だよね?」という確認をします。本人が安心感を得られるまで、過剰なまでに確認してしまうことが多いです。
2.加害恐怖の問題症状とは?
回避行動や家族の巻き込みが問題症状となります。人間関係が悪くなり社会適応が悪くなったり、悪循環によってとらわれが強まってしまいます。
加害恐怖での症状が続くと、2つの大きな問題が生じます。
- 回避行動
- 家族の巻き込み
回避行動や家族の巻き込みといった問題症状によって、2つのデメリットがあります。
- 「とらわれ」が強まる悪循環になる
- 社会適応が悪くなる
2つの問題症状についてみていきましょう。
①回避行動
加害恐怖では、多くの患者さんが自分の強迫症状に対して不合理に感じています。「バカバカしい」「過剰だ」という認識があるのです。ですが、「わかっていても止めることができない」のが強迫症状です。
そして加害恐怖は、仕事や学校といった社会生活や普段の日常生活にもつきまといます。例えば「すれ違った人を傷つけてしまうかもしれない」という強迫観念にとらわれていたら、その回避行動は「人とすれ違わないようにすること」になります。
できるだけ人が多い時間帯は避けるようになってしまいます。避けてしまうようになると苦手意識がますます強まります。そんな中で外出したときに人とすれ違いそうになると、以前よりも不安が増してしまうのです。こうして回避行動が悪循環を作っていきます。
それが行き過ぎてしまうと、仕事や学校といった社会生活や普段の日常生活にも影響します。放っておくと、できないことがどんどん増えていってしまいます。そして昼夜逆転してしまったり、場合によっては外出ができなくなって引きこもってしまうこともあります。
②家族の巻き込み
加害恐怖の患者さんでは、その半数ほどで家族を巻き込んでしまいます。家族はもっとも安心できる存在なので、家族に対して「大丈夫だよ」という保証を求めてしまうのです。
確認行為が自分でできないような恐怖がある方では、家族の巻き込みは必発です。どうして大丈夫なのかを繰り返し確認します。ときには、強迫行為としての確認の代行を何度もお願いされます。
「自分が通った道で誰か倒れていないかみてきて」といったお願いをされます。家族としては初めはビックリして飛んでいきますが、徐々におかしいということがわかってきます。
こういったことが繰り返し続くので、家族も疲弊してしまいます。この中で家族との関係が悪くなってしまう方もいれば、反対に過度に患者さんに負い目を感じて要求にこたえてしまうことがあります。
患者さんの要求にこたえることは治療的ではなく、むしろ確認行為によって不安を回避する手助けをしてしまうことになります。このため、良かれと思った確認行為のサポートが、本人の「とらわれ」を強めて加害恐怖を悪化させてしまうのです。
家族の強迫性障害に対する向き合い方は、「強迫性障害の患者さんへの家族の関わり方」をお読みください。
3.加害恐怖の原因とは?
加害恐怖は、遺伝要因に加えて環境要因が重なって発症すると考えられています。強迫性障害の中では、神経質で真面目な方が多い印象です。
それでは、加害恐怖の原因について考えていきましょう。加害恐怖は、遺伝要因と環境要因の両方があると考えられています。
加害恐怖の遺伝的な影響としては、以下の2つがあります。
- 遺伝的な生まれもっての気質
- 親の養育による遺伝環境相互作用
加害恐怖に特有な遺伝子が見つかっているわけではありませんが、遺伝そのものの影響があることが分かってきています。さらには、加害恐怖の親の育て方の影響もあると考えられています。
さて、環境要因としてはどのようなものがあるでしょうか?加害恐怖を発症する患者さんは、平均発症年齢が20歳前後になります。男女差は特にありません。20歳といえば、学生から社会人に変わっていく時期であり、人生の変化の大きな時期です。このようなストレスは、加害恐怖のひとつの要因には違いありません。
仕事や家庭といった日々のストレスの積み重ねの中で、少しずつ加害恐怖が発展していくこともあります。加害恐怖にとらわれることは、目の前の他のストレスから逃れられることになる場合もあるのです。ストレスを外に出すことができずに自己の内面に向かっていってしまう方は、このように加害恐怖という形でストレスが内在化されていきます。
強迫性障害の中でも、加害恐怖は性格傾向にも特徴がある印象です。加害恐怖は、「してはいけないことを、誰かにしてしまうのではないか」という禁断的思考にとらわれています。これは裏を返すと、「こうあるべき」というべき思考が強いということになります。
神経質で几帳面で真面目な人ほど、このような思考になりやすいです。宗教や教育などにたずさわっているような倫理観の高い人ほど、加害恐怖にとらわれやすい傾向にあります。
4.加害恐怖の診断とは?
強迫症状を「バカバカしい」「過剰だ」という認識があるかどうかは、加害恐怖の診断の大きなポイントになります。この不合理性の認識は診断基準からは外されていますが、加害恐怖の診断には重要です。
加害恐怖の診断は、診断基準に従うと大きく3つのポイントがあります。
- 強迫症状があるかどうか
- 本人が苦痛を感じていたり、生活に支障があるか
- 他の病気じゃないかどうか
かつての診断基準には、不合理性の認識が診断基準に付け加えられていました。つまり、「バカバカしい」と認識しているかどうかということです。
加害恐怖の患者さんの多くは、不合理性を認識しています。何度も確認行為をしているのはバカバカしいと思っている、けれども心配になって止められなくなってしまうのです。
ですが加害恐怖が重症になると、事実だと信じ込んでしまうこともあります。確信してしまって妄想的になってしまっている場合は、精神病圏として治療アプローチも変わります。統合失調症かどうかを鑑別する必要もあり、その強迫観念が自らの心が生み出しているものか、それとも外からやってきたものなのかを見極める必要があります。
加害恐怖は、他の病気でないことも示す必要があります。うつ病では、気分の落ち込みと共に考え方も悲観的になります。そんな中で、身の回りのことを過剰に心配してしまうことがあります。この場合も自分自身の不合理性の認識はないことが多く、それ以外にも様々なうつ病の症状がみられます。
このようにみてみると、不合理性の認識があるかどうかは加害恐怖の診断にとても重要なポイントです。不合理性の認識があるとすれば、加害恐怖とほぼ診断がつきます。不合理性の認識がなければ、他の病気の可能性も考えながら加害恐怖を診断していきます。
5.加害恐怖の治療法とは?
不安や緊張をお薬でコントロールし、ある程度状態が落ち着いてきたら精神療法を積み重ねていきます。薬物療法としては抗うつ剤を中心に、抗不安薬を補助薬として使っていきます。精神療法としては、暴露反応妨害法が一般的です。
加害恐怖の治療では、薬物療法と精神療法が組み合わせて進めていきます。軽症であれば精神療法だけで進めていくこともできなくありませんが、中等症以上であれば薬物療法を組み合わせないと克服が難しいです。
加害恐怖が重く、不安や緊張が強い場合は、薬物療法からは始めていくべきです。不安や緊張が強いときには余裕がないので、柔軟に物事を考えることができなくなります。お薬によって症状が和らぐと、それだけで物事のとらえ方が変わる方もいらっしゃいます。
加害恐怖で使われるお薬は、SSRIなどのセロトニンを増加させる抗うつ剤が中心になります。強迫性障害の治療では、他の病気と比べて抗うつ剤の効きが遅く、高用量が必要になります。
このため不安や緊張を和らげるため、抗不安薬を併用することが多いです。抗不安薬は即効性がありますが、耐性(効かなくなること)と依存性(やめられなくなること)に注意が必要です。
加害恐怖では、十分に抗うつ剤を使ってもお薬の反応が乏しいことがあります。そのような時は、抗精神病薬を少量から追加すると有効なことが多いです。
薬物療法によって強迫観念に向き合うための気力がでてきたら、精神療法を行っていきます。加害恐怖の精神療法として最も効果的なものは、暴露反応妨害法という方法です。「習うより慣れろ」で行っていくことが多いです。
あえて自分の苦手な状況に身を置き(暴露)、それを確認したくなるのを我慢(反応妨害)します。不安は時間と共に薄れていくことを身体で理解して、少しずつ学習していくのです。まずは自分ができそうなものから順番に少しずつ行っていきます。
詳しく知りたい方は、「暴露療法(エクスポージャー)とはどういう治療法なのか」をお読みください。
このように加害恐怖の治療では、薬物療法だけでなく精神療法を積み重ねていく必要があります。精神療法では物事のとらえ方がかわっていくので、再発予防効果も期待できます。
理想をいえば、カウンセリングでしっかりと時間をとって精神療法を計画的に行っていった方がよいです。しかしながらカウンセリングは、金銭的な敷居が高くなってしまいます。
精神科や心療内科の外来でも、少しずつ精神療法を意識しながら診察を重ねていきます。しかしながら外来は時間の限界があるので、どうしても5~10分ほどの 診察の中でできる範囲になってしまうことが多いです。外来では医師と一緒に計画をたてて、患者さんが自分の力で精神療法を行っていく形になります。
まとめ
禁断的思考の強迫観念にとらわれて、その不安を打ち消すために確認行為という強迫行為をおこなってしまいます。
回避行動や家族の巻き込みが問題症状となります。人間関係が悪くなり社会適応が悪くなったり、悪循環によってとらわれが強まってしまいます。
加害恐怖は、遺伝要因に加えて環境要因が重なって発症すると考えられています。強迫性障害の中では、神経質で真面目な方が多い印象です。
強迫症状を「バカバカしい」「過剰だ」という認識があるかどうかは、加害恐怖の診断の大きなポイントになります。この不合理性の認識は診断基準からは外されていますが、加害恐怖の診断には重要です。
不安や緊張をお薬でコントロールし、ある程度状態が落ち着いてきたら精神療法を積み重ねていきます。薬物療法としては抗うつ剤を中心に、抗不安薬を補助薬として使っていきます。精神療法としては、暴露反応妨害法が一般的です。
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2017年4月より、川崎市の元住吉にてクリニックを開院しました。内科医と精神科医が協力して診療を行っています。
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