精神疾患と運転|お薬(向精神薬)を服用中でも運転はできる?
車の運転は生活の一部になっている方も少なくないかと思います。
趣味というだけでなく、運転をしないと仕事にならないという方もいらっしゃいます。田舎では、車なしの生活など考えられません。
精神疾患の治療を開始すると、長期にわたってお薬を続けていくことが多いです。そんな中で、「精神科のお薬を飲んでいるときには運転は控えてください」といわれてしまって、困ってしまう患者さんも少なくありません。
精神疾患の治療では、落ち着いたとしても再発予防のためにお薬を飲み続ける必要があることが多いです。そんな患者さんがお薬のために運転ができなくなってしまい、社会復帰を妨げられてしまうというジレンマに陥ってしまいます。
ここでは、精神疾患と運転の問題について考えていきたいと思います。法律ではどのように取り決められているのかをお伝えしていき、それを踏まえて現実的に、どのように運用されているのかをお伝えしていきます。
1.法律上での精神疾患の「運転」の取り扱いとは?
自動車運転死傷処罰法により、「お薬」と「病気」が運転に支障があった場合、危険運転致死傷罪の適応となってしまう可能性があります。
まずは、法律上で精神疾患の患者さんでの運転の取り扱いについてみていきましょう。
運転に関しては、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律案」、略称「自動車運転死傷処罰法」が平成26年5月20日より施行されています。
この法律は、飲酒運転や無免許運転、てんかん発作などによる自動車事故の頻発をうけて、罰則を強化した法律です。これまでは自動車運転過失致死傷罪が適応され、刑の上限は懲役7年でした。この法律により、危険運転致死傷罪として、厳罰化されることになったのです。
精神疾患の患者さんにとっても風当たりが強く、この法律に「お薬」と「病気」の2つが含められてしまっています。
- アルコール又は薬物の影響により正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で起こった事故
- 自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気の影響で正常な運転が困難な状態での事故
この2つの事故について危険運転致死傷罪が適応され、死亡事故で懲役15年以下、傷害事件で懲役12年以下の罰則となります。(同法第三条第一項・第二項)
それでは、「お薬」と「病気」の2つの面からみていきたいと思います。精神科の病気であれば、お薬を服用することがほとんどです。ですから実際には、「お薬」についてがメインになってくるかと思います。まずはお薬と運転についてみていきましょう。
2.精神疾患のお薬(向精神薬)と運転
お薬の添付文章に「自動車運転は禁止」と明記されていれば、医療者は運転をしないように指導しなければなりません。そして多くの向精神薬で、運転禁止が明記されています。
それではまず、精神科で使われるお薬(向精神薬)と運転の関係についてみていきましょう。
「薬の影響により正常な運転に支障が生じるおそれがある」ケースで運転しているとマズイということになります。それは、どのようなときだと思いますか?
「薬を飲むと眠くなる」「薬をのむとフラフラする」といったときは、運転に支障がある可能性があることはわかりやすいかと思います。ですが患者さんの中には、「私は薬を飲んでも平気です」という方も少なくありません。
同じ薬を飲んでいても、患者さんによって影響は異なります。まったく問題がないときは、「運転に支障はない」と思われる方が多いかと思います。
しかしながら法律的には、そのように判断はしてもらえません。平成25年3月22日、総務省から医療機関に勧告が出されています。
添付文章の使用上の注意に、「自動車運転等の禁止等」の記載がある医薬品を処方または調剤する際は、医師または薬剤師からの患者に対する注意喚起の説明を徹底させること
とされたのです。つまり、お薬の説明書である添付文章に「自動車運転などの禁止」が明記されていれば、運転を禁止させる必要があるということです。
お薬の添付文章は、製薬会社が設定しています。多くの精神科のお薬は、気持ちを落ち着かせる方向に作用することが多いです。ですから鎮静作用があって、眠気やふらつきが生じるお薬が多いです。自覚症状がなくても、若干の認知機能低下などは認められてしまいます。
製薬会社としてもリスクをとれないために、添付文章に「自動車運転や高所作業は禁止」と書かれていることが多いのです。
このため、精神科のお薬を服用している方は、ほとんどが「運転禁止」とされているお薬を服用せざるを得ないという状況です。
3.向精神薬で運転が禁止でないもの
現在の精神科のお薬では、SSRI(レクサプロ・ジェイゾロフト・パキシル)・SNRI(サインバルタ・イフェクサー・トレドミン)の6剤で「運転注意」となっていて、「運転禁止」ではありません。
精神科のお薬には、様々な種類があります。おもに以下の5種類が使われることが多いでしょうか。
- 抗うつ剤
- 抗不安薬
- 睡眠薬
- 抗精神病薬
- 気分安定薬
これらのお薬の説明書である添付文章には、
「眠気、注意力・集中力・反射運動能力等の低下が起こる ことがあるので、本剤投与中の患者には自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事させないよう注意すること。」
(引用:エビリファイ添付文章)
といった記載がたいてい書いてあります。
確かに精神科のお薬は、気持ちを安定させる作用が中心です。中枢神経の働きを抑えるため、眠気や神経機能を抑えてしまうことが多いです。
お薬によっては、臨床試験を行って反応速度の低下などを検証したものもあります。お薬を飲まない人と比べれば、当然劣ってしまう結果となってしまいます。
ですが、その影響は患者さんそれぞれになります。さらには病状によっても注意力や集中力が低下してしまうこともあるので、お薬によって状態がよくなればむしろ運転能力は高まる可能性もあります。
そうはいっても、製薬会社としてもリスクがあることは書かないわけにはいけません。このため、たいていの向精神薬の添付文章には、運転禁止の記載があるのです。
これまで精神科のお薬の中では、運転禁止となっていないお薬は3剤しかありませんでした。
- レクサプロ
- ジェイゾロフト
- パキシル
いずれもSSRIと呼ばれる比較的新しい抗うつ剤になります。これらの添付文章では、
眠気、めまい等があらわれることがあるので、本剤投与中の患者には、自動車の運転等危険を伴う機械を操作する際には十分注意させること。
このような記載となっていたので、運転禁止ではなかったのです。
同じような位置づけの抗うつ剤SNRIに関しては、これまでは運転禁止とされてきました。しかしながら、運転できないことでの患者さんへの影響の大きさを踏まえて、添付文章の改訂が平成28年10月に厚生労働省の安全対策調査会で認められました。
SNRIの3剤も「十分注意させること」という扱いに変わったのです。
- サインバルタ
- イフェクサー
- トレドミン
ですから現状では、
4.向精神薬を服用するときの運転の実情
向精神薬を服用して運転するかどうかは、自己責任となってしまいます。
それでは、「精神科の治療をしている限り運転はできないのか」と憤りを覚える方も少なくないかと思います。
この憤りは、実は処方している医師側も持っています。日本の精神科医が所属する最大の学会である日本精神神経学会でも、一貫して反対してきました。現場の精神科医も、製薬会社の営業(MR)に不満を伝えることもあります。
しかし実情では、法律の中で治療をしていかざるを得ないのです。とはいっても、画一的に運転禁止とする医師は少ないかと思います。
急性期で症状がひどいときは、運転は絶対に禁止となることが多いかと思います。回復期に向かっていくにつれて、患者さんも運転に関して要望があった場合、自己責任とすることが多いかと思います。
医師としては、運転に関して指導したことはカルテにも明記する必要があります。そのうえで、患者さんの自己判断で運転しているという体をとらざるを得ません。私は以下のように説明することが多いでしょうか。
- 回復には、薬が一定の役割を果たしたと思われます。
- 状態を維持するためには、今後も長期にわたって服薬継続が必要です。
- 厚生労働省と製薬会社によれば、これらの薬を服用している患者さんには車の運転を控えてもらわなければなりません。(原則禁止)
- また、危険運転の取り扱いが厳しくなりました。
- しかし、医師として強制的に禁じようとは思いません。(任意で公安委員会には届けない)
- 運転に関しては自己責任となります。
- 少なくとも薬が変わった直後は、効果が安定するまでは運転を控えなければなりません。
- また、薬を規定量以上服用することは、必ず行わないでください。(※何かあった場合、必ず危険運転とみなされます)
無責任に思われてしまうかもしれませんが、これが苦渋の選択なのです。
もちろん、病状などから運転を控えてほしいケースもあります。病状によって運転能力に明らかに支障が出ているときは、医師としても患者さんにしっかりと指導をしていきます。
- 運転時間を短くする
- 運転頻度を減らす
- 混雑時間帯を避ける
- 夕方・夜間は運転しない
- 悪天候では運転しない
- 高速道路は運転しない
- 見知らぬところは運転しない
- 家族が同乗してもらうときだけ運転する
- そもそも運転をしない
このようなケースとしては、医師が任意で公安委員会に病状を届け出ることができます。本当に止めたい場合は、そこまで行うこともあります。ですから、医師から運転について具体的に指導された場合は、それを守るようにしてください。
5.運転に影響を及ぼすおそれがある病気とは?
精神疾患としては、統合失調症・躁うつ病・睡眠障害・てんかんがあげられています。病名で判断されるわけではなく、運転の危険を招くような一定の症状があるケースが該当となります。
これまで「お薬と運転」についてみてきましたが、最後に「病気と運転」についてみていきたいと思います。
自動車運転死傷行為処罰法では、自動車運転に支障を及ぼすおそれがある病気として以下があげられています。
- 統合失調症
- 躁うつ病
- 睡眠障害
- てんかん
- 低血糖症
- 再発性の失神
これらの病気であれば運転できないというわけではなく、運転の危険を招く症状があるケースが問題とされます。このような状態で事故を起こしたときに、危険運転致死傷罪の適応となってしまうのです。
運転の危険を招く症状としては、
- 統合失調症:運転に必要な認知、予測、判断、操作のいずれかの能力を欠く恐れがある
- 躁うつ病:運転に必要な認知、予測、判断、操作のいずれかの能力を欠く恐れがある
- 睡眠障害:重度の眠気
- てんかん:意識障害や運転障害をもたらす発作が再発するおそれがある
- 低血糖症:運転に必要な認知、予測、判断、操作のいずれかの能力を欠く恐れがある
- 再発性の失神:脳全体の虚血により一過性の意識障害をもたらす病気
このように規定されています。
6.運転に影響する病気の実際の症状
幻覚妄想状態、躁状態、重度の眠気、2年以内のてんかん発作、低血糖発作、失神といった症状があるときは、運転を控える必要があります。
それでは具体的に、運転に影響する病気の症状についてみていきましょう。
統合失調症では、幻覚・妄想などを特徴とすることが多いです。被害妄想から、他の車とトラブルになってしまうこともあります。こういったように、幻覚妄想に左右されて現実検討能力が低下してしまっている症状が認められるときは、運転に影響するといえるでしょう。
躁うつ病では、どちらかというと躁状態を想定しています。躁状態になると、気分が高揚して気持ちが大きくなります。運転が非常に荒くなったり、他の車に対して対抗心を燃やしてしまうようなこともあるでしょう。
睡眠障害ではわかりやすく、重度の眠気があるときとされています。重度の眠気というのが主観的で、判断が難しいものがあります。しかしながら、眠気があるときに無理して運転してはいけないというのは理解しやすいかと思います。最近では、睡眠時無呼吸症候群による事故の報告も増えています。
てんかんに関しては、意識消失発作はもちろんのこと、運転に影響するような運動障害が生じる発作が起こっていないことが条件になります。てんかんの運転適性は、一般的に2年以上発作が抑制されることとなりますので、それが目安になります。
精神疾患とされるのは、この4つになります。その他として、低血糖症と再発性の失神があげられています。糖尿病などで低血糖発作が生じてしまう方や、TIA(一過性虚血発作)や不整脈といった失神の既往がある方は、運転は避ける必要があります。
これらの症状があったうえで事故を起こした場合は、危険運転致死傷罪が適応される可能性が高くなっています。
まとめ
自動車運転死傷処罰法が施行され、「お薬」と「病気」が運転に支障があった場合、危険運転致死傷罪の適応となってしまう可能性があります。
精神科のお薬(向精神薬)はたいてい、「運転禁止」が添付文章に明記されています。「運転注意」にとどまっているのは、3剤のSSRI(レクサプロ・ジェイゾロフト・パキシル)と3剤のSNRI(サインバルタ・イフェクサー・トレドミン)くらいです。
実情としては、自己責任の下で運転されている方は少なくありません。
ただし精神疾患と診断されたからといって、運転禁止となるわけではありません。正常な運転ができないような症状があるときに、運転禁止となります。
幻覚妄想状態・躁状態・重度の眠気・2年以内のてんかん発作が認められるとき、運転は避けなければいけません。
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