PTSDの2つの診断基準と診断の実際

元住吉 こころみクリニック
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2017年4月より、川崎市の元住吉にてクリニックを開院しました。内科医と精神科医が協力して診療を行っています。
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PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは、誰もが深い心の傷を受けるような出来事にさらされた時に生じる病気です。あまりのストレスに上手く処理ができなくなってしまうのです。

PTSDの診断にあたっては利害関係がからむことも多く、慎重に行う必要があります。PTSDと診断をすることはすなわち、精神疾患と出来事の因果関係を認めることになるからです。

ですからPTSDと診断していくためには、客観的な診断基準が必要になります。PTSDの診断基準としては、大きく2つがあります。ここでは、それぞれのPTSDの診断基準にについてみていき、実際のPTSDを診断していく流れをお伝えしていきたいと思います。

 

1.PTSDの診断基準とは?

ICD‐10とDSM‐Ⅴの2つの診断基準があります。

PTSDのような精神的な障害に対する診断は、一つや二つの症状だけで簡単に決めつけることはできません。医師が自分の感覚で勝手にPTSDと診断してしまうと、同じ症状でもAという人は「PTSDである」と診断され、Bという人は「PTSDではない」と診断されるというようなことが起こりかねません。このようなことを避けるために、PTSDにも診断基準が作られています。

現在では「DSM‐Ⅴ」と「ICD‐10」の2つの基準があります。DSM‐Ⅴは米国精神医学会が定めたもので、上から順番にチェックしていくと診断がつくようにできています。これに対してICD-10はWHO(世界保健機関)による基準で、典型的な症状を文章で記述しています。

両者には若干の相違がありますが、貫かれている精神は「医師の違いによって起こる診断の差をなくす」ことに変わりはありません。いずれも現れている症状が当てはまるかどうかで病名を判断するので、「操作的診断基準」と呼ばれています。これらの基準を採用することで、これまで多かった医者による診断のばらつきが改善されました。その一方で、文字面をおって診断してしまうと過剰診断しかねない危険性もあります。

 

2.ICD‐10でのPTSDの診断

ICD‐10では、トラウマとなるような出来事との因果関係と、再体験症状の2つを重要視しています。

ICD-10では、PTSDの症状が記述式で記載されています。その要点をまとめたいと思います。

  • 誰にでも大きな苦悩を引き起こすような出来事や状況に対する反応であること
  • 情動鈍麻・他人からの孤立・周囲への鈍感さ・アンヘドニア・トラウマからの回避が持続する
  • フラッシュバックや夢の中で反復して再体験する
  • 再体験に誘発されてパニックや攻撃性が急に高まることがある
  • 過剰な覚醒を伴う自律神経の過覚醒状態・強い驚愕反応・不眠がみられる
  • 不安と抑うつが認められ、自殺念慮もまれではない
  • トラウマ後、数週間~6か月以内の潜伏期間をへて発症する

これを踏まえて、診断ガイドラインとして以下が示されています。

  • トラウマとなる出来事から6か月以内に起きたという証拠がなければ診断すべきでない
  • 反復的で侵入的な回想や再現がなければいけない
  • 感情麻痺症状や回避症状は診断に本質的ではない
  • 自律神経症状や気分障害、行動異常は診断の手助けになるが、根本的に重要ではない

つまりICD‐10では、2つのことを重要視しています。

  • トラウマとなるような出来事との因果関係
  • 再体験症状

 

3.DSM‐ⅤでのPTSDの診断

DSM‐Ⅴでは、PTSDの4つの症状が認められる必要があります。

DSM‐Ⅴでは、AからHまで順番にみていくことで診断がつくようになっています。文章が専門的になるので、噛み砕いてご紹介したいと思います。

  1. 危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受ける出来事に以下のいずれかの形でさらされたこと
    ①直接体験する
    ②他人の出来事を目撃する
    ③近しい人に起こったことを耳にする
    ④仕事として繰り返し接する
  2. トラウマに関連した侵入症状(再体験症状)が1つ以上ある
    ①トラウマの記憶が繰り返し出てくる②反復的な悪夢
    ③フラッシュバックによる再体験
    ④少しでも関連したことで生じる強烈な苦痛
    ⑤少しでも関連したことで生じる強い身体の反応
  3. 持続的な回避症状が1つ以上ある
    ①トラウマに関連する記憶・思考・感情の回避すようとすること
    ②トラウマに結びつくもの(人・場所・会話・行動・物・状況)を回避すること
  4. 認知や気分のマイナスな変化が2つ以上ある
    ①解離性健忘によってトラウマを思い出せない
    ②自分や他人、世の中に対して過剰に否定的になる
    ③トラウマの原因や結果を歪んで認識し、自分や他人を非難する④恐怖や戦慄、怒りや罪悪感、恥といったネガティブな感情の持続
    ⑤重要な活動への関心や参加が極端に減る
    ⑥孤立感や疎遠感
    ⑦ポジティブな感情がでてこない
  5. 覚醒度と反応性が極端な変化が2つ以上ある
    ①人や物に対してイライラしたり激しい怒りなど攻撃性がある
    ②無謀で自己破壊的な行動
    ③過度の警戒心
    ④過剰な驚愕反応
    ⑤集中力困難
    ⑥睡眠障害(不眠)
  6. 1か月以上の持続
  7. 非常に強い苦痛や社会的・職業的なデメリットがある
  8. 薬やアルコールやその他の病気のせいではないこと

DSM‐Ⅴでは、PTSDの4つの症状がいずれも認められていて、1か月以上にわたって持続することとされています。もし1ヶ月以内に症状が治まる場合は、PTSDではなく「急性ストレス障害」になります。

 

4.PTSDの診断は慎重に行う必要がある

PTSDにはお金などの利害関係が絡むことも多いです。また、回避症状が強いと治療も回避してしまうので、色々な意味で診断は慎重に行います。

PTSDはテレビなどで大きく報道されたこともあって、最近では次第にポピュラーな心の病になりつつあります。メンタルヘルスへに対する人々の関心の高まりが、こうした状態に拍車をかけているのかもしれません。こうした影響を受けて、最近PTSDを疑って精神科を訪れる人もいらっしゃいます。

そうした人の中には、ちょっとした嫌なことを「トラウマ」と呼んで、PTSDと勘違いしている人も少なくないです。また、PTSDでないと診断されても諦めず、違う病院を何度も何度も診察に訪れる人もいます。PTSDはストレスと病気の因果関係がはっきりする病名になるので、利害関係が絡むことが多いからです。

PTSDは単なるトラウマとは違い、生死に関わるような重大な出来事に遭遇した人たちに発症する病気です。例えば阪神・淡路大震災、オームによる地下鉄サリン事件、アメリカの9.11事件、それに東日本大震災などでは、PTSDで苦しんでいる患者さんはたくさんいます。

 

PTSDの患者さんで回避症状が強いと、病院で治療を受けること自体も回避してしまうことがあります。ですから、PTSDの患者さんを診断していくときは、慎重に問診を進めていく必要があります。

診察のときにはトラウマを深堀することはしません。PTSDの患者さんの気持ちを尊重していく必要があります。診断基準の上から順番に質問していくのではないのです。しっかりと患者さんの状態をみながら、言葉を選びながら慎重にPTSDと診断しなければいけません。

 

まとめ

診断基準には、ICD‐10とDSM‐Ⅴの2つがあります。

ICD‐10では、トラウマとなるような出来事との因果関係と、再体験症状の2つを重要視しています。

DSM‐Ⅴでは、PTSDの4つの症状が認められる必要があります。

PTSDにはお金などの利害関係が絡むことも多いです。また、回避症状が強いと治療も回避してしまうので、色々な意味で診断は慎重に行います。

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