「死にたい」

これほどまでのつらさを抱えている方は、精神科にはたくさんいらっしゃいます。普段は引き留める気持ちがちゃんと働いていても、何かのきっかけで外れてしまうこともあります。楽になりたい一心で過量服薬してしまうこともあります。

そんな時によく手にされるのが、精神科のお薬です。「精神科のお薬を大量に飲めば楽に死ねる」といった誤解から、過量服薬される方がとても多いです。テグレトールは治療量と中毒量が非常に近いお薬です。死にたいとまで思い詰めているならば、必ず主治医に相談 してください。

ここでは、テグレトールの致死量やテグレトール中毒について正しく理解していただければと思います。過量服薬（OD）の実情を知って、少しでも思いとどまる方がいてくだされば幸いです。

 

１．テグレトール中毒とは？

急性テグレトール中毒と慢性テグレトール中毒があります。過量服薬での中毒は急性テグレトール中毒になります。

テグレトールが過剰になると、さまざまな中毒症状が認められます。治療域と中毒域が近いので、テグレトールを使っていく時は血中濃度をしっかりと測定していかなければいけません。

テグレトール中毒になる原因によって、急性テグレトール中毒と慢性テグレトール中毒の２つに分けられます。

• 急性テグレトール中毒：自殺目的などでの過量服薬による中毒
• 慢性テグレトール中毒：テグレトールの増量や肝機能低下などによる中毒

 

２．急性テグレトール中毒と慢性テグレトール中毒とは？

急性テグレトール中毒では、テグレトールの血中濃度にかかわらず様々な症状が認められます。慢性テグレトール中毒では、テグレトール血中濃度に応じて症状がすすんでいきます。

急性テグレトール中毒では、救急対応が必要になります。血中濃度と症状にはあまり関連性がありません。服用後1～3時間して以下のような症状が認められます。

• 消化器症状：嘔吐
• 中枢神経症状：振戦・けいれん
• 精神症状：興奮・眠気・昏睡
• 循環器症状：徐脈やＱＴ延長などの不整脈・血圧低下

などが認められます。中枢神経症状がもっとも目立って現れます。

 

慢性テグレトール中毒では、テグレトールの血中濃度がジワジワと増えてしまうことで中毒症状が認められます。慢性テグレトール中毒では、血中濃度と症状に関連性があります。有効血中濃度内ではありますが、8μg/mL以上になると中毒症状が認められることがあります。

 

３．テグレトールの致死量とは？

テグレトールを過量服薬をすると辛い中毒症状が現れますが、死に至ることは多くはありません。

テグレトールでは治療域と中毒域が近いので安全性が低いです。

とはいっても、致死量がないわけではありません。テグレトールを大量に服用すれば、呼吸が抑制されて死に至ることもあります。ですが、その量はとても多いです。

マウスを使った実験では、半数が死んでしまうテグレトールの量（半数致死量）は、１ｋgあたり3750mgと報告されています。これを体重50kgあたりの女性に当てはめてみると、テグレトール187500mgとなります。テグレトール200mg錠で考えると、938錠で致死量ということになります。もちろん動物と人では薬の代謝経路も異なるので、致死量も異なります。

テグレトールは安全性が低いとはいえ、死に至ることが多いというわけではありません。もちろん死のリスクもあるので油断は決してできませんが、中毒としてのつらい症状で患者さんが苦しんで終わることがほとんどです。ですから、絶対にテグレトールの過量服薬はやめましょう。

 

４．テグレトールを過量服薬してしまったら？

すぐに救急車を呼びましょう。

もしもテグレトールを過量服薬してしまったら、どうしたらよいでしょうか？明らかにおかしな症状が出ていたり、眠ってしまっています。テグレトールでは死に至ることもあるので、救急車を呼びましょう。

できれば散らばっている薬の空シートを確認して持ってきて下さい。正確な薬の量がわからない場合は、最悪のシナリオを想定して治療を行っていきます。

 

５．テグレトールの過量服薬で救急搬送されるとどうなるか？

過量服薬で運ばれてくると、入院になることがほとんどです。本人も非常にしんどい思いをします。

それでは、過量服薬をして昏睡状態になり救急搬送されたらどのように治療していくのか、実際の流れをみてみましょう。

 

病院に救急車で運ばれてくると、本人は眠ってしまっているので意識がありません。

まずは、どんどん点滴をします。血液の中をめぐっている薬を少しでも薄めて外に出します。水分が増えれば当然出ていくおしっこも増えるはずです。ですが、昏睡状態ですと自分でトイレにいけません。このため、おしっこを出すための管を入れます。どこから入れるかはご想像の通りです。目が覚めた時にビックリされる方も多いです。

そして薬の作用で心臓のリズムが狂ってしまうので、すぐに心電図を測ります。心電図ではＱＲＳ幅とＱＴ時間をみます。テグレトールによって重篤な不整脈が起こることは稀ですが、心室性不整脈などが起こらないわけではありません。注意をしてみていきます。

 

過量服薬してあまり時間がたっていない時は、少しでも薬が身体に吸収しないようにします。薬が吸収される前ですので、1～2時間が目安です。

具体的には、胃洗浄を行います。鼻から管を胃まで通します。そして、生理食塩水を胃の中に注いでは吸い出して・・・これを繰り返します。意識がもうろうとしている中、非常にしんどいです。また、活性炭を投与します。その名の通り、黒くてドロドロの炭で、腸で薬にくっついてくれます。腸の中での薬の濃度が下がれば、血中濃度も下がります。活性炭は繰り返し投与します。

 

できるだけテグレトールを吸収されないようにしたら、あとは全身管理をしながら少しずつ薬が抜けていくのを待ちます。精神科の薬は身体にたまりやすいので、しばらく意識が戻らないことが多いです。

過量服薬で入院された方の意識が覚めると、いろいろな管を繋がれていてビックリします。そして、とても苦しかった感覚を思い出します。「もう２度とあんな思いはしたくない」「過量服薬しても苦しいだけとわかった」とおっしゃる方も多いです。

 

６．過量服薬はどんな時に起きるのか？

病気が少し良くなってきた時・一度よくなってから悪化する時・ゲートキーパーがいない時・過去に自傷行為がある時には注意が必要です。

過量服薬をしてしまう方には、いろいろな思いがあります。

「死にたい」と思い詰めて本気の方もあります。
「楽になりたい」「辛さをわかってほしい」といった方もいます。
「覚えていない」という方もいます。

死にたいと思い詰めてしまって、行動に移してしまうのはどんな時でしょうか？
私は３つのタイミングに注意をしています。

• 病気が少し良くなってきた時
• 一度よくなってから、再び悪化する時
• ゲートキーパーがいない時

 

病気が本当にひどいときは、何もできません。つらい感情が強いものの、行動に移すエネルギーもありません。そんな中、少し良くなってくると自分の状況がわかってきます。そして、行動に移すエネルギーもでてきます。そんな時が非常に危ないです。

また、一時はよくなってから悪化する時にもみられます。二度と同じ状況を味わいたくないという思いから、行動に移してしまうことがあります。

本人にとって生きる方向に繋ぎ止めてくれる存在をゲートキーパといいます。この人がいるうちは死ねない・・・と思えるような方です。ゲートキーパーとの関係が悪くなった時や、ゲートキーパーがいない時は危ないです。

 

「楽になりたい・辛さをわかってほしい・覚えていない」という方は、過量服薬を繰り返してしまう方が多いです。過量服薬がストレスのはけ口になってしまっている可能性があります。

 

７．過量服薬の対処法

それでは過量服薬をしないために、過量服薬が致命的にならないようにするには、どうしたらよいでしょうか。

 

７－１．薬の管理を家族に任せる

できることなら家族に薬の管理を任せましょう。

死んでしまったら楽なのに・・・そんな思いがある時は、できるならば家族に薬の管理を任せてください。状態が悪化してしまうと、自制がきかなくなってしまうこともあります。

もう二度としないとおもっていても過量服薬を繰り返してしまう・・・そんな方もいらっしゃるかと思います。このような方は、できるならば家族に服薬管理を任せてしまった方がよいです。

 

７－２．通院間隔をこまめにする

こまめに相談して、出来事を整理しましょう。

通院間隔をこまめにしていくのもひとつの方法です。調子が悪いときは、いろいろな出来事を整理していくことができなくなります。通院のたびに出来事をひとつずつ整理していくことも大事です。

また、受診の予約があると踏みとどまれることもあります。もう少し待ったら先生に話せる・・・と思えるかもしれません。そして、受診という約束を守らなければという気持ちにもなることもあります。つらい時こそ病院に受診しましょう。過量服薬をしてしまったことは、絶対に責められたりはしません。

 

７－３．薬を余分に持たない

薬は必要最小限にしましょう。

薬をたくさんもっていてよいことはありません。ですから薬は最小限にしましょう。余計な薬がなければ、過量服薬をしてしまっても、量が少なくて済みます。もしも薬が余っているのでしたら、もったいないとは思わずに病院にもっていって処分してもらいましょう。

最近は災害などに備えて薬をストックしておきたいとおっしゃる患者さんも増えてきています。ストックをするにしても１週間分を限度にしておきましょう。

 

７－４．安全性の高い薬にする

過量服薬のリスクがあるのでしたら、テグレトールより安全性の高い薬に変更します。

もしも過量服薬を繰り返すならば、薬の変更を考えます。命に関わるような薬を飲まれている方は、安全性の高い薬にしたほうがよいです。今はいろいろな新しい薬がでているので、安全性の高い薬もたくさんあります。

テグレトールは安全性が低いので、過量服薬のリスクがあるのでしたら変更した方がよいです。テグレトールに比べると、その他の気分安定薬の方が安全性が高いです。症状に応じた薬を主治医と相談しましょう。

 

７－５．家族が本人のつらさを理解する

なんといっても家族です。

家族が理解を示してくれると、多くの人は何とかなります。なんといっても一番大事なのは家族なのです。一番大事な方がしっかりと自分の支えになってくれる、そんな思いがあれば踏みとどまれることが多いのです。

過量服薬をくりかえしてしまうと、家族としても「またか・・・」という気持ちになってしまうかもしれません。ですが、決して安易にしているわけではありません。過量服薬してしまう、その背景には深い苦しみがあります。過量服薬すると、非常につらい思いをすることを本人も理解しています。

ですから、過量服薬という行為を理解できなくても、そのつらさに理解を示してあげてください。

 

７－６．少しずつ自分の理解を深めていく

繰り返す方は、過量服薬をしてしまうワケを少しずつ考えていきましょう。

過量服薬を繰り返してしまう方の背景には、その人それぞれの過去の葛藤や要因があります。繰り返しながらも、少しずつ自分自身に関する理解を深めていきましょう。

少しずつ芯が見えてきます。そして少しずつ、過量服薬が落ち着いてきます。ですから、信頼できる先生をみつけてしっかりと診察を通して自分自身への理解を一緒に深めていきましょう。

 

まとめ

急性テグレトール中毒と慢性テグレトール中毒があります。過量服薬での中毒は急性テグレトール中毒になります。

急性テグレトール中毒では、テグレトールの血中濃度にかかわらず様々な症状が認められます。慢性テグレトール中毒では、テグレトール血中濃度に応じて症状がすすんでいきます。

テグレトールを過量服薬をすると辛い中毒症状が現れますが、死に至ることは多くはありません。

過量服薬してしまったら、すぐに救急車を呼びましょう。

過量服薬をしない対処法としては以下があります。

• 薬の管理を家族に任せる
• 通院間隔を短くする
• 薬を余分な分はもたない
• 安全性の高い薬に変える
• 家族が本人のつらさを理解する
• 少しずつ自分の理解をふかめていく