あがり症にはどのような原因があるのか
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2017年4月より、川崎市の元住吉にてクリニックを開院しました。内科医と精神科医が協力して診療を行っています。
元住吉こころみクリニック
人前に出た時に過度に緊張してしまう方は、自分をあがり症だと感じている方が多いと思います。病気というよりは、性格と考えている方も多いと思いのではないでしょうか?
あがり症にも程度がありますが、過度に緊張してしまって本来の自分の生き方をできていない時は、病気と考えて治療をした方がよいです。
あがり症は正式な病名ではなく、診断基準に当てはめるのならば社交不安障害パフォーマンス限局型になるかと思います。社交不安障害(あがり症)は、人の注目を浴びるかもしれない時に、過度に恐怖をいだく心の病です。
あがり症、すなわち社交不安障害パフォーマンス限局型では、どのようなことが原因となるのでしょうか?ここでは、現在考えられているあがり症の原因について、ご紹介していきたいと思います。
1.あがり症とは?
人から注目を浴びることに極度の恐怖を感じ、そのような機会を避けようとする病気です。その背景には、「人から否定的な評価をされてしまうのではないか」という恐怖があります。
あがり症とは、人から注目をあびる状況に極度の恐怖を感じる病気です。このため人前を非常に苦痛に感じたり、人前にたつことを避けてしまったりします。
誰しも注目をあびると、多少なりとも不安や緊張を覚えます。それ自体は普通のことで、緊張感の中でも自分の目的を何とかこなせます。しかしながら社交不安障害の患者さんでは、緊張のあまり頭が真っ白になったり、筋肉がこわばって声や手足が震えたりします。汗がダラダラとでてきて、恐怖が悪循環してしまうのです。
あがり症の方には、その根底に「他人から否定的な評価をされるかもしれない恐怖」があります。その結果、「恥をかいてしまったらどうしよう」と恐れ、他人から否定的にみられたり、迷惑をかけてしまうことによって、自分が拒絶されてしまうのを恐れているのです。
あがり症にも程度があって、ちょっと目上の人と話すだけで上がってしまう方もいれば、大勢の前で発表するときだけ上がってしまう方もいます。すべてひっくるめて、「あがり症」として認識されてきました。
精神科の病気としては、診断基準に当てはめると社交不安障害(SAD:socia anxiety disorder)に分類されます。少し前まで社会不安障害と呼ばれていたので、そちらの方が世間には浸透しているでしょうか。
社交不安障害にも2つのタイプがあります。人前だけのパフォーマンス限局型と、人と触れ合うこと自体に不安を感じる全般型です。あがり症の方は普段は大丈夫なことが多いので、そのほとんどはパフォーマンス限局型に分類されるでしょう。
2.あがり症の6つの原因
あがり症では残念ながら、これが原因という明確なものはわかっていません。あがり症は遺伝的な要因よりも環境要因が大きいと考えられています。
プレゼンや発表といった場面だけに恐怖を感じているあがり症では、遺伝よりも環境の要素が強いと考えられています。一方で人と触れ合うこと全般に不安を感じる社交不安障害全般型では、環境よりも遺伝の要素が強いと考えられています。
いずれにしてもあがり症は、もともとの不安になりやすさなどの気質に加えて、その後の社会生活の中での様々な経験が大きく関係していると考えられます。
ここでは、あがり症の原因と考えられる要因について、一つずつみていきましょう。
2-1.あがり症の原因①-遺伝
あがり症では、遺伝的な影響は少ないと言われていますが関連性はあります。「親をみて育つ」という環境的な部分で、回避の行動パターンが作られていくことが原因にもなります。
あがり症では、以下のような遺伝の影響があることもわかってきています。あがり症になりやすい遺伝的な気質として、以下の2つがあげられます。
- 抑制気質:物事を回避したがる
- 不安気質:不安になりやすい
見知らない人や場所などに対して不安を抱いて警戒し、できるだけ回避しようとする行動パターンのことを行動抑制といいます。この行動抑制をとるような気質は、遺伝の影響を強くうけることがわかっています。不安気質はそのままですね。
それだけでなく、どんな親をみて育ってきたのかというのも影響します。社会や人との接し方は、親から学んで学習することが多いです。物事の受け止め方や不安や恐怖の抱き方、それに対する対処法は、自分の親をみて覚えていきます。このような影響を、遺伝環境交互作用といいます。
あがり症では遺伝的な影響は少ないと言われていますが、「親をみて育つ」という環境的な部分の影響は少なくはないでしょう。
2-2.あがり症の原因②-育ってきた環境
否定的な自己評価や回避の行動パターンが作られるような育て方が、あがり症の原因となります。
あがり症は、養育環境や幼少期からの経験が大きな影響を及ぼします。以下の2つを増長させてしまうような育て方が、あがり症の原因となります。
- 否定的な自己評価
- 回避の行動パターン
具体的な育て方の例をあげてみましょう。
- 周りからの評価を重視しすぎる育て方
- 過保護な育て方
- 愛情が注がれていない育て方
- 罰として恥をかかせる育て方
例えば友人と比べながら育てられた場合、「周りに比べて自分は劣っている」と感じてしまいます。「失敗しないようにしなければ」という気持ちが強くなり、社会的な場面での不安や緊張が高まりやすくなります。
過保護に育てられている場合、親が子供の生活を制限させてしまうことが多くなります。「あれもダメ、これもダメ」と子供の行動に対して親がストップをかけてしまうと、少しでも危険なことはやめといた方がよいという回避の行動パターンが子供に根付いてしまいます。
そして社会的状況に対する対処能力(コーピング)が育たなくなってしまい、コミュニケーションスキルや感情のコントロールが未熟に育ってしまいます。
愛情が注がれていなかったり、ほめることをせずに罰をあたえることが中心の育て方ですと、「他人は厳しい存在で自分を批判する」という対人関係に対する考え方が固まってしまい、あがり症の原因となりえます。
2-3.あがり症の原因③-失敗体験
強烈な失敗体験はもちろんのこと、ふとした不安が発展したり、他人の失敗体験を機にあがり症に発展していくこともあります。
あがり症の原因として思い当たることを患者さんにお聞きすると、明確な過去のエピソードを話してくれる方もいます。人前で失敗して恥をかいてしまったという経験があがり症の原因となっていくこともあるのです。
周りから見たら失敗していなくても、本人の中で失敗しているという思い込んでしまうこともあります。結果的には上手くいっているのに、ある日ふと「うまくやれているかな?大丈夫かな?」という不安を感じるようになったという方も多いです。
思い返してみると、なぜだかわからないけど小学校の朗読の時間に声が震えていた気がする・・・とおっしゃる方もいました。
他人が失敗しているのをみて、それを自分に置き換えてしまう方もいらっしゃいます。「自分も失敗したらどうしよう」という気持ちが強くなってきてしまうのです。
このような経験をすると、できるだけ苦手な場を避けたいという気持ちで避けてしまいたくなります。こうして不安が悪循環し、あがり症に発展していってしまいます。
2-4.あがり症の原因④-いじめや社会的な役割の変化
いじめや昇進などは、あがり症を発症するひとつのきっかけになります。
思春期でのいじめも、あがり症の発症に影響することがあります。
同世代の友達の中でいじめられるという経験は、非常に屈辱的な経験です。自分は周りに比べて劣っているという気持ちが強くなり、周囲の目線を気にしてしまうきっかけになります。再び人間関係で傷つくことをおそれ、回避パターンが出来上がってしまうこともあります。
意外と多いのが、社会的な役割の変化が影響しているケースです。係長の時は大丈夫だったのに、課長になったら急に人が怖くなる方もいます。
昇進して立場があがることで、潜在的な自己評価の低さと自分の立場でのギャップが大きくなってしまいます。さらには立場の変化で、人から注目を浴びる機会も増えるので、そこから不安の悪循環が始まってしまうこともあります。
2-5.あがり症の原因⑤-性格
あがり症では、前向きな性格傾向の方も多いです。
もともと生まれもっての気質をベースにして、さまざまな環境や経験が積み重なって性格が形成されていきます。あがり症というと一般的には以下のような性格傾向をイメージする方が多いのではないでしょうか?
- シャイ
- 慎重
- 内向的
- 心配性
- 回避的
確かにこのような性格傾向の方もいらっしゃいます。しかしながらあがり症では、真逆な性格の方も多いです。「よりよく生きなければ」「よりうまくやらなければ」といった気持でこれまで過ごしてきた方が多く、何かをきっかけに裏返しとしての恐怖が染みついてしまっているのです。
このため性格としては、以下のような方が多いのです。
- 愛想がよい
- 明るい
- 社交的
- 規則をよく守る
- 几帳面
- 心配性
私もあがり症で悩んでいたのでよくわかります。恐怖の裏側には、人とより上手く接したい、良く思われたいという気持ちがあるのです。緊張に耐えて、社会に積極的に飛び込んでいく方も多いのです。
そんな方でも根底には、神経質や心配性という気質が認められることが多いです。それは決して悪いことではなく、良い方に発揮されれば几帳面や規則をよく守るといった性格となるのです。
2-6.あがり症の原因⑥-年齢と性別
10代の前半から発症する患者さんが多いです。性差ははっきりしませんが、男性の方が社交の機会が多く、悩まれている方が多い印象です。
アメリカの統計では、社交不安障害の平均発症年齢は13歳と報告されています。75%の患者さんが、8~15歳に発症するとされています。このようにあがり症では、10代での発症が多いのです。
あがり症では遺伝要因よりも環境要因の影響を受けやすいので、この中では年齢が高めになってから発症する方が多いです。おそらく中学生~高校生くらいで発症される方が多いのではないでしょうか。
このように成長していく過程に多いのは、この時期が非常に多感な時期であることも影響していると思われます。少しずつ自分がはっきりし始めてきて、思考や行動のパターンが固まっていく時期です。この時期での様々な経験が大きく影響しているのでしょう。
性差に関しては、女性が多い(オッズ比1.5~2.2)と報告されています。しかしながら男性の方が人前に出る機会が多く、悩まれて受診される方が多いように感じます。女性の場合は恐怖が広がっていることが多く、他の病気と診断されていることも多いかも知れません。
3.あがり症が悪化する原因とは?
回避行動による恐怖の悪循環が、あがり症の悪化の原因です。
人前で苦手意識を持っている患者さんが人の注目を浴びると、不安や恐怖を感じます。その結果として、過緊張による吐き気やふるえ、発汗などの自律神経症状が認められます。それがますます不安や恐怖をあおってしまい、失敗体験となってしまいます。
失敗体験をしてしまうと、人前を避けるようになってしまいます。避けてしまうと苦手意識はますます強まってしまいます。このせいで、人前に立つ前の段階から「また失敗してしまうのではないか?」という予期不安が作られていきます。このようにして少しずつ失敗体験が積み重なっていき、恐怖の悪循環のループが強くなってしまうのです。
この悪循環のループが、あがり症を悪化させていきます。人前を避けるという回避行動をとれば、一時的に不安は軽減します。しかしながらこの回避行動をしてしまうことが、あがり症の悪化の悪循環を招いているのです。
回避行動をしてしまうことで、成功体験を積むチャンスが失われていきます。そして少しずつ、自己評価が低くなっていきます。「どうせ自分にはできない」と考えてしまうことで、さらに回避傾向が強くなってしまいます。こうして苦手意識(認知)は固定化してしまって、回避行動も習慣化してしまいます。
ですからあがり症では、この回避行動をたちきっていく必要があるのです。
4.あがり症では人の表情が怖く見えている
あがり症の方の脳を調べてみると、人の表情が怖く見えていることがわかります。あがり症では、人の表情認知が歪んでいると考えられます。
あがり症の方の脳では、苦手な場面に直面した時にどのような状態になっているのでしょうか?現在は画像検査が発展していて、恐怖を感じている時に脳のどこの部分を使っているのかを調べることができます。
あがり症の方では、苦手な状況にさらされると脳の奥にある偏桃体という部分の活動が高まります。偏桃体は、恐怖を作り上げるのに重要な役割をしている部分です。偏桃体が過活動になってしまうと、不必要に身体の恐怖反応が引き起こされてしまうのです。
恐怖について詳しく知りたい方は、「恐怖とは何か?恐怖を克服する治療法とは?」をお読みください。
人の様々な表情を見せた時での偏桃体の活動の変化が強い方は、あがり症の症状が重症という報告があります。このことは、あがり症の方が無意識に人の表情をみて怖いと感じていることになります。
あがり症の方にとっては、普通の顔が怖く見えてしまうという表情認知の歪みがあるといえるのです。
まとめ
人から注目を浴びることに極度の恐怖を感じ、そのような機会を避けようとする病気です。その背景には、「人から否定的な評価をされてしまうのではないか」という恐怖があります。
その原因としては、以下の6つがあげられます。
- 遺伝
- 育ってきた環境
- 失敗体験
- イジメや社会的な役割の変化
- 性格
- 年齢や性別
回避行動による恐怖の悪循環が、あがり症の悪化の原因です。
あがり症の方の脳を調べてみると、人の表情が怖く見えていることがわかります。あがり症では、人の表情認知が歪んでいると考えられます。
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2017年4月より、川崎市の元住吉にてクリニックを開院しました。内科医と精神科医が協力して診療を行っています。
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