植松聖容疑者が、措置入院を「スピード退院」となった理由

アイコン 2016.8.1 その他の制度

相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、19名の犠牲者を出す大変痛ましい事件が起こりました。

容疑者として植松聖容疑者が逮捕されましたが、彼が犯行に及ぶ4か月ほど前、相模原市によって措置入院していたことが話題となっています。

2月19日に措置入院となり、12日後の3月2日は退院となっています。その入院から退院までの期間の早さ、大麻使用に対する届出と対応、そしてその後のフォローアップのなさなどが物議を醸しています。

私も精神科病院に勤めていますが、覚醒剤をはじめとした違法薬物による精神症状で入院する患者さん、措置入院の患者さんもたくさんいます。

植松容疑者の病状を推測で語ることはできませんが、措置入院や麻薬の扱い、その後の対応について、実情を踏まえて考えていきたいと思います。

 

1.措置入院から措置解除に至るまで

措置入院とは、自傷他害の恐れがある患者さんの強制入院です。自傷他害の恐れがなくなった時点で、法律的には措置解除となります。

それではまず、措置入院についてみていきましょう。

措置入院とは、精神保健福祉法に定められた強制入院になります。自傷他害の恐れがある患者さんがいた時に、都道府県知事の同意・命令で入院させることができます。

自傷他害の恐れとは、自分を傷つけてしまったり、他人に危害を加える恐れがある場合です。少しでもリスクがある場合は、措置入院となることが多いです。措置不用と判断した場合、何か起こされてしまう方が怖いですから。

ただし条件として、精神保健指定医という資格を持った医師2名以上の診察を行い、措置入院が妥当という判断が一致する必要があります。

第二十九条:都道府県知事は、第二十七条の規定による診察の結果、その診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは、その者を国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院させることができる。

あまり一般の方はご存知ないかと思いますが、知事による強制入院のため、措置入院期間中の医療費はかかりません。すべて公費負担となります。

強制入院の下、治療が行われていきます。患者さんが治療を拒絶して興奮したりする場合は、隔離や身体的拘束をして治療をすすめていきます。

薬の効果も出てくると、症状は次第に落ち着いてきます。完全によくなったわけでなくとも、自傷他害の恐れがなくなれば措置解除となります。

措置解除に当たっては、精神保健指定医1名の診察を行い、措置症状が消退したことの届け出を都道府県知事に行います。

※厳密には、緊急措置入院後に後日措置入院へ切り替えとなっています。

 

2.措置解除後にすぐ退院になった理由とは?

このまま入院を継続していても、治療的ではない病気だったのだと思います。本人や家族も治療継続を望んでおらず、人権保護的な観点からも措置解除して退院となったのかと思います。ただし、症状が速やかに良くなった可能性がないわけではありません。

今回の植松容疑者は、12日で退院となっています。スピード退院が問題視されていますが、このように短期間で措置入院が解除されることは珍しいことではありません。

措置入院の患者さんは自傷他害の恐れがあるほど病状が悪いため、措置入院が解除された後も治療が継続されることの方が多いのは確かです。措置症状が落ち着いてきたら、措置解除となります。その後は、家族や本人の同意によって入院継続となります。

のどちらかになります。しかしながら患者さんの中には、

といったケースもあります。措置入院は強制入院ですから、公費負担になっています。ですが措置解除して入院を継続する場合は、医療費が発生します。

それを本人や家族が望まない場合は、すぐに退院せざるを得なくなってしまいます。病院での治療によってさらに症状がよくなっていく可能性が高い場合は、経済的な理由で措置入院を継続せざるを得なくなることもあります。これを「経済措置」といったりします。

これは患者さんの経済的に苦しい患者さんへの配慮という側面よりは、治療が不十分に終わることで退院後にトラブルが起こることを避けるため、社会防衛的な側面で暗黙の了解となっている感があります。もちろん、自傷他害の恐れがなくなったら措置解除となることが大原則です。

 

さて、今回は12日間でのスピード退院となっています。今回スピード退院となった理由としてはどのようなことが考えられるでしょうか?おそらく以下の2つのどちらかと思います。

入院時には、1人の指定医は「大麻精神病」「非社会性パーソナリティ障害」、もう1人の指定は「妄想性障害」「薬物性妄想性障害」としています。そして消退届の病名は、「大麻精神病」と「妄想性障害」になっています。

まず考えられるのが、入院加療を継続しても治療に乗らないことが想定できたケースです。

パーソナリティ障害や薬物中毒といった病気は、短期間で治療ができるわけではありません。薬を使っていれば、次第によくなっていくものでもありません。完全に治るまで入院を継続するとなると、いくら年月があっても足りません。

このような病気では、自傷他害の恐れにあたる措置症状が落ち着けば措置解除としていきます。そして本人も家族も治療継続を望まないならば、措置入院のまま退院となります。患者さんの人権は侵害できないのです。

もう一つ考えられるのが、症状が速やかによくなったケースです。

大麻は合法になっている国もあるように、覚醒剤ほどに症状が長引いたり、後遺症が残ることは少ないです。一時的な幻覚・妄想状態になっても、大麻が抜けるとすぐに良くなることも多いです。

妄想性障害と診断されていることから、抗精神病薬を使っていた可能性が高いです。入院中には素直に服薬に応じ、症状はよくなったのかもしれません。友人のインタビューなどでは植松容疑者は明るくて人懐っこいというコメントがあるので、主治医とも良好な関係だった可能性があります。

これまで一人暮らしだったと思われますが、家族と八王子で同居(消退届の帰住先)するとのことで、治療継続が出来ると判断したのかもしれません。このため外来通院で経過をみていくことになったのかもしれません。

おそらく前者の可能性が高いと思いますが、後者の可能性も考えられます。

 

「保護者がいなかったため」「入院費が払えない可能性が高いため」「病院のベッド回転をあげるため」といった理由がインターネット上で散見されますが、それは事実と異なるでしょう。

治療して良くなる見込みがあれば、措置解除をするにしても時間をかけます。例外的ではありますが、経済措置で継続すれば病院は入院費を確保できるのです。

さらにいえば、3か月以内で退院させることは病院の診療報酬にも関わってきますが、早期に退院させて病院が得をすることはほとんどありません。むしろ3か月入院してくれていた方が、診療報酬は高くなるのです。

 

3.措置入院と医療観察法

妄想を持っている人や措置入院患者さんをマークするのは、倫理的にも現実的にも不適切です。本人が治療を自己中断してしまうと、問題が顕在化するまで待たなければいけないのが現状です。

措置入院の退院後について、どうしてフォローアップをしなかったのかと批判が集まっています。そしてアピール目的でもあるかと思いますが、8月には厚労省が措置入院のあり方を見直す有識者会議を開くとのことでした。

しかしながら現実的には、これ以上はなかなか難しいと私は思います。一般の方からみたら、「あんな入れ墨バリバリ入ったやばそうな人をどうしてスピード退院させたんだ!」とか、「危険思想をもっているのにまずいと思わなかったのか?」などといった思うのは当然です。

しかしながら、このような妄想を持っている人をすべてマークすることは現実的ではありません。幻覚や妄想などの症状がみられる統合失調症は、およそ人口の1%にみられます。100万人もの患者さんがいるのです。その大部分は普通に社会生活をしていて、犯罪を起こす人はごくわずかです。むしろ健康な人よりも犯罪率は低いといわれています。

病院で勤務していると、幻聴や妄想がみられる患者さんはたくさんいます。ですが多くの方が薬で症状をコントロールし、付き合いながら生活しています。

 

植松容疑者は、退院した後は通院を自己中断しています。そして4か月後の2016年7月26日未明、今回の事件を起こしました。この間はお薬はもちろん中断されています。お薬の自己中断は、もっとも再発リスクを高めます。

このようなことを防ぐために、例えば訪問看護を導入したり、デイケアなどによって医療的なサポートを作れてて退院の方が望ましかったかもしれません。しかしながら、これらはすべて医療費が発生します。本人や家族が望まなければ、無理に行うことはできません。

治療というのは、本人が望まないとはじまっていきません。これはどの病気でも一緒です。タバコだってニコチン依存症というれっきとした病気ですが、本人が望まないと禁煙できないのと一緒です。

措置入院は強制入院なので、本人の意思に反して治療していることもあります。そんな中で、本人が自発的に治療したいという思いを引き出すことは非常に困難です。

 

措置入院の患者さんは危険だから、もっと注意すべきだという意見も最近は出ています。退院後のフォローアップは、現行制度では2003年に公布された医療観察法に基づくものだけになります。

医療観察法では、過去に重大な犯罪を犯したものの、心神喪失や心神耗弱によって不起訴処分や無罪となった者に対してのみが対象となります。今回の植松容疑者は、前科があるわけではないので対象とはなりませんでした。

それでは措置入院の患者さんは、退院後もマークしていくべきなのでしょうか?この考え方は非常に危険ですし、現実性もありません。

患者さんの人権を大きく侵害してしまいます。患者さんがより治療を継続できるためといえば聞こえはいいですが、その目的は社会防衛的な監視です。「精神疾患の患者は何するかわからないから、何かあれば病院に閉じ込めておけ」という考えを増長しかねません。

そして現実的でもありません。措置診察をうけた患者さんは、平成26年度で9,094名となっています。その多くが措置入院となっているのです。これを全部フォローしていくのは、お金も人も足りないかと思います。

病院側としても通院を自己中断されてしまうと、その後のフォローをしても無駄なことが多いです。本人の治療意欲がなくなってしまったら、強制的な治療が出来るのは「自傷他害の恐れがある時」か「家族の同意を得て、医療保護の必要がある時」だけなのです。

唯一できるとしたら、通院が途絶えてしまったら病院から家族に連絡をするくらいでしょうか。それも家族が治療に協力的な場合に限られます。

 

4.病院で大麻使用がみつかった場合

大麻に関しては、使用は罰則規定がありません。所持や栽培などの場合のみ罰則があるので、警察は尿検査のみでは動いてくれません。

最後に、病院で大麻が見つかった場合の対応についてお伝えしていきたいと思います。

このような違法薬物が見つかった場合、警察に届けるべきかどうかは物質によっても異なっており、少しややこしいです。

麻薬及び向精神薬取締法・覚醒剤取締法・大麻取締法・アヘン取締法の4つの法律の麻薬4法で規定されています。これによれば、大麻・麻薬・アヘン中毒では都道府県知事への通報の義務がありますが、覚醒剤では義務がありません。

これに対して、医師には守秘義務が刑法に定められています。診察で知りえた情報を、他人に許可なく伝えてはいけないのです。医師としては治療のために守秘義務を優先させるか、それとも届出義務を優先させるか悩ましいケースがあります。

しかしながら平成17年に、法律で義務づけられていない覚醒剤の届出に対して、医師の守秘義務に反しないという判例を最高裁が下したことで、届け出が行いやすくなりました。警察から検体の提出を求められたら、それに従うというケースが多いかも知れません。

さらには、大麻は使用に関する罰則がないのです。これは麻を扱う業者などから大麻反応が出てしまう可能性があるからとのことです。大麻に関しては、所持や栽培が罰せられます。

今回ではトライエージで尿中の大麻反応がみられたとのことですが、これだけでは罰則にもならないのです。

今回の大麻のことは、措置入院の際に相模原市には届出がされています。市としては、使用のみならば罰則規定がなく、警察に通報しても動きようがないということが分かっていたのではと思います。

 

まとめ

このような痛ましい事件が起きてしまいましたが、この1件をもってすべての精神疾患の患者さんに一般化することは大変危険なことです。

「精神障害者は何するかわからない」「閉じ込めてけ」という考え方は、植松容疑者の「障害者は生きている価値がない」といったものと変わらなくなってしまいます。

そして精神科医療の実情を知らない「専門家」が批判することも多いですが、できることにも限界もあるのです。

今回の事件をうけて私としては、改めて医師の判断のもつ責任の大きさを痛感させられました。

犠牲となられた19名の方のご冥福を祈るとともに、精神科患者さんへのレッテル張りにつながらないことを切に願います。